監督の手のひらで回る日常世界 『パークアンドラブホテル』

新宿百人町、ホテル流水。艶子(りりィ)はこのラブホテルをひとりで切り盛りしている。客は少ない。しかし、老若男女、とにかく大勢の人が建物に入っていく。家出してこの街に迷い込んだ少女の美香(梶原ひかり)はこの光景に驚き、彼らについてホテルの屋上に来てみると、そこは遊具のそろった公園になっていた。艶子は美香をわけありと認め、一晩自宅に泊めることにした。
不思議なホテルと、つっけんどんな態度の艶子。そこに、美香をはじめとした3人の女が交わる3部構成になっている。3人の女がそれぞれ交じり合うことはないので、3つの物語は断絶していると言えるが、艶子と彼女たちとの交流は僅かながらそれぞれのパートに登場する。そのつなぎ方が魅力的だ。
美香は多くを語らないか、詭弁を使って艶子を困らせる。強がって生きているが、心を閉ざしている。艶子はそれを解きほぐそうとしているのかしていないのか。つっけんどんな態度からそれを汲み取るのは難しいが、死を軽んじる美香を叱り、ご飯のおかわりをよそう。後日、銀色の傷んだ髪を染め直すことを許した美香の長回しは印象的だ。冒頭は13歳という設定に違和感があったが、黒髪に戻った少女は、あきらかにあどけない少女だった。
そんな、ひとりの人間がもつ多面性を熊坂出監督が見事に表現していることが、この映画のすごさである。主婦(ちはる)の冷え切った夫婦関係の一方で、ウォーキングの最中に艶子とすれ違うときだけ見せる愛想にも似た笑顔。艶子も愛想でそれに応える。艶子に他人行儀に接するモードがあったことも新鮮に映る。やがてホテルの従事を志願した彼女は、つっけんどんな艶子を知る。でも愛情を感じる。愛情ゆえ、1日でクビになる。
ひとりだけ多面性を感じ取れなかったのが学生のマリカ(神農幸)だろう。しかし彼女は艶子の陰の多面性を知り、不器用な愛情で、艶子に変化を求める。マリカに突付かれた艶子は、それまで人生の師匠のようにしていたのとまったく違う。ひとりのちっぽけな人間になってしまう。
誰だって、見方によって、大きな存在になったり、小さくなったりする。表と裏とか、光と影とかいう言い方もあるだろうけれど、それよりもっと現実的な問題である。そのことが本当に的確に表現されている。どんな脚本になっているのかと思わされるシーンも多い。子供たちへの演出もすばらしい。編集も含め、監督の腕が光る。技法が云々という感想を求められない、監督の手のひらで世界がくるくると回るのを観ているような感覚になる。低予算ゆえか、手持ちカメラの揺れがどうしても気になってしまったのが少々残念なところだが。
今後、大きな予算で作品をつくる機会があるはず。そのバックボーンでなお、今回のような演出ができたらたいへんな作品になるのではないか。試金石は次だろうか。
最後に、艶子とかかわる3人の女性のキャスティングが気になる。かなり監督の女性の好みが見え隠れしていないか。だとしたらかなり僕に近い。神農幸にグッときてしまった。