子供が大人になるそのとき 『チェスト!』

錦江湾を望む鹿児島の漁港。小学6年の吉川隼人(高橋賢人)は、剣術で精神を鍛錬する一方で、大きな弱点があった。カナヅチなのだ。なのに小学校には、桜島を往復する遠泳大会がある。2年連続で仮病を使った隼人だが、いよいよ逃げられなくなった。そんなとき、いけ好かない転校生・矢代(御厨響一)が東京からやってきた。クラスメイトの感情を逆なでするような態度を取る矢代だが、実はひそかに泳ぐのが得意。隼人は思い切って、矢代に泳ぎを教わることにした。そこに、肥満と慢性の腸炎で泳げずにいた成松(中嶋和也)も加わった。
動物と子役には勝てないとはよく言うもの。彼らは演出以上のものをスクリーンに見せることができる。前半、ストーリー展開がかなり苦しいことになってしまったのは、大人のシーンが多めで演出の粗が目立ってしまったことと、フィルムのつなぎ方に躍動感がないせいだろう。ひとりひとりの登場人物の背景に深みがないのを、おどけさせてカバーしている感じで、どうも居心地が悪い。
ところが事態は後半、遠泳大会が近づくにつれて一変する。本気で泳ぐ子供たちには、演出抜きで目を奪われる。素材そのものを生かした映像が続く。本番当日になると、隼人の目つきが序盤とはまるで違う。父親(高嶋政宏)はまさに薩摩隼人と呼ぶような豪快な海の男(コミカルな演出は蛇足がすぎているが)。前半は父親のテンションについていけない隼人だが、最後には父親と同じ眼をして、ずいぶんと大人びているのが印象深い。
遠泳は、子供を大人にしてくれる。周りと手を取り合いながら、荒波を乗り越えることを覚える。それを見ている大人がまた、もうひとつ大人になる。荒波を越えてきたはずの大人たちがふと立ち止まったとき、遠泳に励まされる。そういうふうにできているように感じた。全員が泳ぎきったあとの集合写真撮影、桜島に一同で礼をする場面は、なんだか観ているこちらも励まされている気分になる。
ところで、てっきり松下奈緒が主演級の扱いなのだとばかり思っていた。ところが、途中から姿を消してしまった。子供が主役なので、宣伝として彼女を前面にしたのかもしれないが、それにしても役割がなさすぎやしないか。もっと子供たちと真剣勝負をしてくれると思っていたのだが、どこか評論家然としていて退屈だ。もっと活躍する彼女を見てみたい。今回は音楽を担当したというが、主題歌の作曲は川村結花だ。
最後に。鹿児島の街をいちどだけ訪れたことがある。天文館をはじめとした中心街はとても美しい。チンチン電車のある風景が実にいい。そんな街の魅力がもうひとつ伝わってこないのが残念でならない。