表現することの楽しさを表現する 『うた魂♪』

七浜高校2年の荻野かすみ(夏帆)は合唱部のソプラノパートリーダー。歌が上手くて美人なのは他人も認めるが、本人の自惚れ方は尋常でない。ある日、片思いの生徒会長・牧村(石黒英雄)に写真のモデルになって欲しいと言われ、それが告白のようなものだと妄想し有頂天になるが、出来上がってきたのは合唱中の必死な表情。それを牧村は産卵中の鮭のようだとからかう。すっかり自信を失い、やる気を失くして臨んだステージのあと、別の高校のヤンキーたちに囲まれてしまう。「合唱なめんじゃねぇぞ!」。彼らこそ、魂を込めて熱唱する、湯の川学院高校合唱部員たちなのだった。
才能はあるが他人との協調性がない主人公が、仲間と一生懸命になることのすばらしさを発見していく過程を描く。この点では同じ日活映画の『奈緒子』と同じ路線だ。この場合、集団の気持ちがいちどバラバラになり、相当なエネルギーを要して再結集していく部分が長く描かれ、一致団結して目標に向かうようになってからクライマックスまではあっという間のことが多い。しかしこの作品では、かすみひとり揺らいでいる気持ちを、権藤(ゴリ)率いる湯の川学院の強烈なキャラクターが荒療治で軌道修正していく。なので、自意識からの目覚めは比較的早い段階でなされる。
そして、練習するのだ。優勝するクライマックスを用意するならば、作品に映すかどうかは別にして、練習したということが分かるつくりにしないと、どうしても嘘っぽくなる。この作品では、トレーニングをしている様子がきちんと伝わってくる。身を乗り出して熱唱する湯の川学院の影響をもろに受け、練習する姿勢にそれが現れている。
そのチームワークと練習の積み重ねの結果、「合唱は楽しい」という結論に至るのは、説得力がある。ラスト、優勝した七浜高校はアンコールを歌う権利を得て、モンゴル800の「あなたに」を披露する。その合唱に心を打たれた湯の川学院が加わり、最後は会場中の大合唱となる。かすみは、そこで合唱の楽しさを発見するわけだが、観客にも同時に楽しさが伝わってくる。なにかを表現することのすばらしさについて、すばらしく表現されている。予定外に感激してしまった。(喫茶店エノケンのシーンもとても楽しい)
この作品でいう「表現することのすばらしさ」にはもうひとつの意味がある。田中誠監督は、合唱を扱っているのはもちろんだが、それを題材にして、映画を撮ることの楽しさをも表現している。共学の七浜の合唱部が女子だけだったり、30代のゴリが高校生だったりというのは、ジョークではなく表現といえる。分かりやすく強調されながらも、大真面目なストーリーをやろうとするあたりが、なんとも田中監督らしい。かすみの父が利重剛(リハウスのCMと同じ)だったり、喫茶店のマスターが『天然コケッコー』の松井先生(黒田大輔)だったり、湯の川のキャラクター名がいろんなパクリのオンパレードだったりと、そこかしこに遊びが散りばめられているのもいい。
演出のよさで、出演人は本当にひとりひとり粒がそろっている。夏帆はいままででいちばん面白い。劇中の権藤語録ではないが、まさにフルチン(=full teen)になった思い切った演技をしている。どこかの新聞記事で読んだが、映画陣としての楽しさや喜びがスクリーンを通して伝わってくるようだ。徳永えりはすでに名脇役である。薬師丸ひろ子にも驚かされる。間寛平の発音が西日本っぽいのはご愛嬌といったところか。