ザ・カズシゲ 『ポストマン』

千葉県の漁師町の郵便局で配達員をしている海江田龍兵(長嶋一茂)は、昔ながらの自転車"バタンコ"で町を回る毎日。同僚からは古臭いと言われながらも、手紙を届けながら町中の人に挨拶をするのが楽しみであり、使命感もある。彼は2年前に妻・泉(大塚寧々)を亡くし、多感な受験生の娘(北乃きい)と腕白な息子(小川光樹)を男でひとつで育てている。近頃、龍兵と娘は進路をきっかけにして対立。お互いの胸中にあるのは、泉のことだった。
堅物の男、娘との対立、妻との馴れ初め、ハプニング、走る、そして和解。満開の菜の花、郵便局を取り巻く「いい人」の大群、理解ある仲間。こんなに型通りの映画もほかにない。映画の脚本にもついにジェネレータが登場したかと思うほど、「典型的」という言葉が似合う。しかし、きれいに整っていても、美しさにならないのが映画だ。どこまでもマイルドな登場人物と予定調和の物語に飽きてしまう。民営化した郵便局の全面協力でつくられた点も、ハングリーさを欠いた大きな原因だろう。
ただ、ここまでクサイ映画の主演を熟練の演技で見せられると辛いが、言っちゃ悪いが長嶋一茂の演技力だから、彼が意外にもこの作風にマッチしている。製作総指揮者でもある彼は、竹中直人犬塚弘らとの共演はテンポが合わず、周囲から浮いている様子がよく分かる。思い立ったが吉日で、後先考えずに突っ走る。龍兵の家族論や仕事論も含め、ザ・カズシゲとしか言いようがない。一郵便局員が消印も押さない手紙を、千葉から静岡まで自転車で、道に迷いもせずに届けるなんて、それを美しいというのか。オロナミンCのCMの見過ぎじゃないのか。
唯一、怪我をしたあゆみが父親の自転車に乗って町の祭りを見に行った際の、現実と回想が入り組んで表現されるシーンは、意表をついて目に飛び込んできて、なんとも新鮮だった。
ハラハラのザ・カズシゲがこの作品のいちばんの見所だとしたら、次は北乃きいだろう。もっとも彼女の出演がなかったらこの作品を観なかったと思うから、この見所が残ってくれて実によかった。さまざま出演作はあろうが、僕には『幸福な食卓』以来。どちらかといえば文化系の少女だった前作とは変わり、今作では陸上で高校の推薦入試を受ける、気の強い体育会系女子だ。自身が役者として成長した部分もあるはずだが、目つきや発声がずいぶんと異なり、役柄の幅の広さを伺わせる。高校で受ける実技試験で走る彼女の凛々しさにグッとくる。
出演者ではほかに、野際陽子の深い懐が長嶋を柔らかくいなし、印象深い。