スクリーンに抜けるような青空を見た 『奈緒子』

喘息の治療のために家族でやってきた長崎県の波切島。小学生の奈緒子(藤本七海上野樹里)は漁船に乗せてもらうが、海に転落し、助けられたが、代わりに船長が水死してしまう。あれから数年、高校生になった奈緒子は、船長の息子・雄介(三浦春馬)に再会する。雄介は1年生ながら、短距離界でもっとも注目される選手になっていたが、駅伝への転向を宣言する。駅伝は、亡き父の種目だった。
古厩智之監督はほんとうにおもしろい。今作も実に彼らしい叙情的な作品となった。インターネット界隈を見ていたらいまひとつの評価だが、この作品のどこが気に入らないのか。脚本、演出、撮影、録音、照明、編集、音楽と、どれをとってもすばらしい出来映えだと思う。年度代表作の有力候補だ。
前作『さよならみどりちゃん』は海外でも高い評価を受けたが、あのときの星野真里の役割を、上野樹里が見事に受け継いでいる。飛んだり跳ねたりしない、大人びない、媚びない、のんびりのびのびしているのに、なんだか悩んでいる。そんな古厩映画のヒロインとして燦然としている。上野樹里は、スクリーンのなかでマジックのように輝く。
ところで前作から気になっていたのだが、古厩監督の映像は、ごく普通の街並みと、そこにいる人を捉えているだけなのに、静かで、ぽっかりと穴の開いたような景色に見え、なんともいえない居心地のよさがある。今作もその心地よさがあるのに、スポーツの青春映画として描いている点が面白い。ああそういえば『さよならみどりちゃん』でもヒロインがタクシーを追いかけて全力疾走するシーンがあったっけ。
駅伝がテーマの作品だが、映像もまた、駅伝のように展開していく。奈緒子と雄介の再会、ふたりの心を氷解させたくて動き出す西浦監督(笑福亭鶴瓶)の手紙、そしてラストのレースに至るまで、テンポを崩すことなく、映画そのものが雄介にたすきをつなぐように前進していく。雄介へ、雄介へと言いながら死に物狂いに走る仲間の走者たちに、脚本が応えている。というのはおかしな話かもしれないが、そう思わせる。そこに、雄介の同級生・吉崎(タモト清嵐)の存在がある。彼がゴールへと導き、部員たちの気持ちをひとつにする。実のところ、雄介もまた、吉崎によって心の成長をしたのだろう。
細かい部分では、序盤の筋書きがちょっと強引なのだが、あとに余韻を残すものではない。また、音楽の使い方がとても効果的で印象がいい。上田禎という人物に見覚えがあったが、『とらばいゆ』を担当していた。出演では、上野をはじめ、三浦春馬笑福亭鶴瓶藤本七海佐津川愛美嶋田久作と、誰もが長崎の静かで青い青い海とともによくたたずんでいる。スクリーンに突き抜ける青空を見るような、清清しい青春映画だった。