そんなに僕を泣かせないでよ 『歓喜の歌』

田舎町にあるみたま文化会館で主任を務めるは飯塚正(小林薫)。春に異動で赴任して以来、適当でいい加減な毎日を過ごしている。口先だけは達者。それが災いして、あろうことか大晦日のママさんコーラスのコンサートをダブルブッキングしてしまう。部下にそれを指摘されたのが12月30日。双方のグループに譲歩を迫るがなかなか納得してくれない。加えて、主任を呼び出す謎の電話が会館に来ていて、絶体絶命のピンチを迎える。
こんな映画に泣かされるなんて、身体の調子がおかしいからに違いない。『東京タワー』で泣けなかった僕が、この作品で、クライマックスでもないのにウルウルしているんだから。
登場人物のほとんどがキーパーソン。どこかで誰かとつながっていて、それが話をややこしくしたり、解決させたり。主任を苦しめたり、救ったり。その世界の狭さが、田舎町らしくてとてもいい。そして脚本にも無駄がない。いろんな人のブログを見ていると無駄を訴えているようだけど、いやいや無駄のようで無駄でないんだよ。
とにかくドタバタがおかしい。日本映画の喜劇の真骨頂をいく作品だ。新作とはいえさすが落語が原作だと思う。落語で大晦日といえば、第九ではなくて借金。ツケを翌年に回さないように、いろんな店から催促の声がかかるのを、必死に言い逃れるというのが定番だ。本作でもご多分に漏れず、金にまつわる話が出てくる。やっぱり正月をすっきりした気持ちで迎えたい。だからこそのタイムリミットが愉快で仕方ない。
物語はダブルブッキングをどうするかで奔走する(途中までまったく真剣でない)主任の話だが、サイドストーリーがてんこ盛りだ。それがないとただのクレーム対応にしか見えないところだろうが、さりげない人生ながら、いろんな事情を背負って大晦日を迎える人びとについ感情移入してしまう。とくに主任の困惑振りは、とても他人とは思えない。苦情で首が回らなくなるときの気持ちはよく分かる。餃子を食べるあの背中が辛い。
だからこそ、合同コンサートを開く前、テストされるガールズコーラスが歌う「ダニーボーイ」が涙を誘う。演技なのに、あんなに説得力のある歌を聴けるなんて。聴いた瞬間に観客の誰もが、ああ解決の光が見えたと思うに違いない。あんないい加減な男が、本気の女性たちに救われていくのだ。
終盤、コーラスメンバーが営む服のリフォーム屋で、主任が留守番しながら客の相手をするシーンがある。あれはとてもいいシーンだ。日本の喜劇のど真ん中にして、いちばん感動的である。あんなシーンを描ける監督がいるなんて。映画も幸せである。
小林薫がなんといってもいい。あまりにもすごい。予告編で大筋を見せている様に思えたので、それでも観るに値するということは、よほどの自信作なんだろうと思ったが、まったくそのとおりだった。その割りにこの公開時期というのはどうしたものか。やっぱり年末に観たいじゃないか。というわけで、今年の大晦日にアンコール上映してくれないだろうか。紅白なんとかなんて見ないで、この作品を観て年を越したい。