アイデアはいいが演出の調和に難あり 『音符と昆布』

もも(市川由衣)は家で留守番をしていた。音楽家の父親(宇崎竜童)が海外に出かけてしまったためだ。よくある話のはずが、その日だけは違っていた。呼び鈴が鳴るのでドアを開けると、かりん(池脇千鶴)と名乗る、不思議な言動の女性が立っていた。彼女はももの姉だと告げ、家に上がりこみ、我が物顔で家中を引っ掻き回す。苛立ちを募らせるももに、海外にいる父親は、かりんがアスペルガー症候群であることを伝える。
75分の中編だが、物語のアイデアのよさで、いい出来になっている。よもや撮影が中村夏葉だとは思わなかったが。たぶんDV撮影のせいだということと、カットのひとつひとつに井上春生監督の意志が強く反映した結果だろう。昆布や干し椎茸のくだり、街灯の写真、ゲートボール場のくだりなど、見所が多い。長編であればもっとスケールの大きさやストーリーの深さを求められるところだろうが、中編だからこそまとまりがついている。
ただ、台詞に重複がみられたり、ナレーション的な部分が多かったり、映画らしさとしては残念な部分もあった。また、途中で回想のようなシーンの繰り返しもある。編集そのものは悪くないけれど、必要性にかける。尺を延ばしたかったのだろうか。せめて回想シーンにしか見られない新しいカットがいくらかでもあれば、観客も新鮮な気持ちでいられたと思う。
さて、やはり注目したいのは池脇千鶴ということになる。今回はアスペルガー症候群という難しい役どころ。ともすれば難病ものとカテゴライズされそうなテーマではあるが、彼女が演じると、リアリティに加えてコミカルな感じが出てくる。演技のことを気にせず、ストーリーの展開に集中できる。それはほんとうにすばらしいことである。
そして市川由衣もいる。彼女の艶っぽさは、数多いる役者のなかでも群を抜いている。個人的には、いまいちばん濡れ場を観たいひとりだ。濡れなくても濡れ場と呼べそうなエロさがすごい。
ただし、池脇の演技と、ほかの役者たちのそれが交わったところで、水と油に近いものがあった。だれも池脇と対等に向き合える演技をしていない。いや、できない。こればかりはキャスティングの時点で覚悟しなくてはならない部分だったと思うので、むしろ"もも"のキャラクターを市川に託したかったからこそできた作品ということになるだろう。その意味で、作品の完成度は成功と呼べるはずである。