お定まりを抜け出せない 『テラビシアにかける橋』

ジェスの家は6人家族、周囲の家々に比べれば、かなり切り詰めた生活をしている。そのせいなのか、学校では虐められている。ある日、転校生がやってきた。レスリーという快活な女の子だが、はっきりと主張するがゆえに周囲と馴染めず、なんとなくジェスと似たものがある。やがて仲良くなったふたりは、放課後に裏山へと駆け出す。想像を働かせて、ふたりだけの秘密の空間、テラビシアを思いつく。
いったいいつ以来の外国語作品になるやら。オープニングの映像にはつい惹きつけられる。とてもスマートに要素だけを見せていき、ストーリーに中に引きずり込んでくれる。ただ、その後の筋の転がし方にはやや強引さが見受けられる。なにかの事情で途中の20分ぐらいがこっそりカットされたのではと思うぐらいに。
たぶん脚本の魅力の少なさなのではないか。展開の問題もそうだが、たとえばレスリーが死んでしまってからの家族や教師の存在が、アメリカン・パッケージの域を出ず、印象に残りづらい。多くを語りえるのは音楽の先生だったのではないかと思うが、大事なシーンになぜか彼女はいない。8年生の不良の女の子もよかったのだけれど。
とまれ、あくまで主人公・ジェスの視点と妄想の世界の域を出ないし、ラストで妹をテラビシアに招いたところで、なにかの進歩に至ったとは思えない。彼は大人になることを拒んだのだろうか。そういう生き方もあるのかもしれないが、映画がそうあってよいものだろうか。
レスリー役のアンナソフィア・ロブを観たくて劇場に行って、それだけを達成した感じ。なんとも映画力の足りない作品だった。