スマートで丁寧なロードムービー 『逃亡くそたわけ―21才の夏』

学生の花ちゃん(美波)は高校生の時分から躁と鬱に悩み、幻聴と幻覚にも苦しんでいて、両親は福岡の病院に入れた。その病院をプリズンと呼ぶ花ちゃんは、一生をここで暮らしたくないと、同じく鬱病で入院中のなごやん吉沢悠)を連れて脱走してしまう。何者にも追われていると観念に変われる花ちゃんは、なごやんの車で当て所もない二人旅に出ることにした。
画期的とまではいかないが、冒頭でちょっと変わった編集を見せる。山間の急坂の、下に花ちゃんとなごやん、上に大型トラックが控えている。激突必死の睨み合いの末、花ちゃんがアクセルを大きく踏み込む。トラックも進みだす。正面衝突か、というところで画像が消える。そのあとも、事情を示さないまま、ひたすら走るふたりを逆再生で見せる。一番大事なところがどこかということと、走り続ける映画だということを、風変わりかつスマートに表現していて、一気に作品の世界に吸い込まれる。
ストーリーの多くは、花ちゃんが病気を抱えながら進む旅路に当てられる。花ちゃんの頭のなかには何人もの人がいて、逃げても無駄だから死ねばいいと言い続ける(そのキャストがまた豪華)。そこから逃げようとして、逃げられなくて、なごやんに八つ当たりして、もがき苦しむ。その体当たりの演技を、美波が見事にやってのける。監督の演出力が光る。
精神的な症状を抱えると、話し方にも目つきにも変化が出てくる。前半の花ちゃんの目つきは鋭かった。それが、優しいなごやんに包み込まれて、少しずつ表情が柔らかくなる。後半、リゾートホテルでディナーを楽しんだ花ちゃんには、他人を思いやる気持ちが出ていた。はじめはありがとうさえ言えなかったのに。
ラスト、開聞岳を眺めている花ちゃんは、とてもすっきりしている。スクリーンを通じて花ちゃんに付き合ってきた観客もまた、すっきりしている。なごやんも、そんな花ちゃんを見て、自身の悩みから逃げずに生きる決心をする。かといって、若いふたりが結ばれるような、テーマがずれかねないハッピーエンドではない。だからこそ生きる力強さが際立つ。
冒頭からほとんど状況を説明しないまま逃げ続けてきた二人旅だが、花ちゃんの症状が重くなったときに、田舎の精神病院に立ち寄るシーンがある。そこの不思議な医者(大杉漣)とのやりとりで、これまでのことをそれとなく提示していく。脚本もかなりうまい。本編もコンパクトにまとまっているし、よくできたロードムービーだと思う。