ぶらりと西へ

先週末のこと、会社に休暇をもらう予定だった日をよくよく考えてみたら、およそ休んでいられないスケジュールになっていることが判明した。そこで上司にそのことを告げると、「じゃその日は出勤して、あさってから3連休にしていいよ」との言葉が。うやうやしく休暇をいただいて、せっかくなので、遠出することにした。
とはいえ事態が急すぎて、なんの手配もしていないし、知識もない。はじめはゆかりのある盛岡も考えたが、知人たちに今晩行きますとも言い難く、さらにいえば、寒い。この時期の体感温度の寒さが半端ないことを知っている。では、西に行こう。まったく縁のない西へ。静岡なら暖かそうだ。アレがあるという浜松にしよう。
アレというのは、餃子のこと。実に心躍る言葉なのだが、どうやら浜松ではこれが名物になってしまったのだとか。それはいい。そもそも好物というだけでなく、これなら何軒でもはしごできそうだ。風邪気味で少々胃と肝臓に自信はなかったが、切符を買えばこっちのものだ。

当たり前の話だけれど、事前の情報収集はとても大事である。しかし今回はあまりに急に決めた旅だったことと前日も相変わらず痛飲だったことが災いして、旅行ガイドもなければ街の地図もない状態で現地に来てしまった。きっと本屋に行けばタウン誌の特集で、何かためになるものがあるに違いないという憶測もあった。ところが、そんなものはなかった。帰宅してから知ったところでは、市の観光案内所で配布しているものがあったらしいが、夕方に到着して宿の手配をしていたので、発想すらなかった。
この情報不足のツケは最後の最後までついて回るが、とくに初日は、バスで温泉街までたどり着いたのに、外部者の入館時間がすぎていて、訪ねたすべての宿で入浴を断られる事態となった。やけになって鰻をちょいとつついてほろ酔いになってから、いよいよ餃子かしらと街に繰り出したのだが。
先ほども書いたけれど、情報収集をほとんどしない状態で駅周辺の市街地をふらふら歩き出したものだから、なにがなんだか分からない。宿を探す際にある程度街の感覚をつかんでおいたものの、それが餃子とまったくリンクしない。早い話が、見つからないのだ。とりあえずラーメン屋で「麺はよろしいのですか」などと聞かれながら、瓶ビールとともに頬張ってみたものの、やはりちょっと違うようだ。

結局、その夜、3件を回ったものの、専門店は田町の「とごう」のみ。ここは驚くような特色ではなかったけれど、なんとも味わい深い地味な店舗と懐深そうな作り手たちを堪能できる。うっかり餃子の写真を撮り忘れるぐらいのことだ。なお写真は、ご飯を頼んだものの焼酎三岳を発見し、「おにーさん注文をかえてー」と哀願して手に入れた一杯とその突き出し。少なくともまた訪れたい。
3件の店で餃子というのは、案外容易でない。小心者ゆえ、専門店でなければ、「餃子だけでいいんです」の一言を発しがたい。そんなわけで、あるときは酒、あるときはラーメンをともにいただくと、たちまちわが肉体はカロリーの許容範囲を超越する。そんなわけで、翌日こそと誓いを立てて、夜更けに沈んだ。
あくる日は、温泉に行きたい一心で市街地を離れ、浜名湖北側の山間地へ。名物と思しき「みそまん」を1パックまるまる頬張り(甘味の興奮のあまり写真なし)、血糖値を上げてから行動を開始する。なんとなく乗ってみたかったローカル列車に揺られて市街地に戻る途中、思いがけず、出会った。
 
遠州鉄道の終着・西鹿島はいかにも田舎の駅という風情を漂わせているけれど、列車は頻繁に行き来する。その利点を利用して小腹を満たせるものを探したところ、発見したのが福来軒だ。
餃子専門店とはいえ、メニューがすごい。ギョーザのほかは、コーラとオレンジジュースしかない。ビールは飲酒運転を取り巻くご時世でやめたそう。注文は「何人前か」しか聞かれない。春巻かいなり寿司かというほどこんがりと色をつけた大きな餃子が、1人前で10コ、600円。キャベツとにんにくがぎっしり入って、汁も思わず飛び出る。そして甘い。野菜の甘みなのか。ラー油と絡めると独特の味覚が後を引く。
市街地に戻ってきてもう1件行きたい店「むつぎく」があったのだが、ここはあいにくの休業中。でも人がなかにいたところを見ると、休業というより売り切れといったところか。そういえばその店の界隈を夜に歩くと、いかにも港町の夜を彩るいかがわしさがある。内陸のよそ者にはちょっと落ち着かない。
しかたなしにラーメン屋でもう1皿食べたところで、餃子終了。2日で5店は不満の残る内容。やはり事前調査が足りなさすぎた。それから、恥ずかしながら、浜松を見くびっていた。もっとこじんまりとした街を想像していたのに、実際は駅からバスで30分行ってもまだまだ活発な商業地がある。山あり海ありのたいへん住みよさそうなところだ。街歩きの感覚もつかめたので、効率のいいリベンジ旅をいつかしなければなるまい。

おまけの写真。奥浜名湖を散歩中に撮影。この枯れ具合がなんともいえなかった。おしまい。