久しぶりのちゃぶ台返し 『クローズド・ノート』

教師志望の学生・香恵(沢尻エリカ)が引っ越してきた古いアパートには、鏡のついた扉があり、その向こうの小さな棚には、前の住人・伊吹(竹内結子)が取り忘れた小物が残されていた。そのひとつに、日記があった。それを紐解くと、彼女は小学校の教師で、初めての担任を請け負った学級での喜びと悲しみ、久しぶりに再会したかつての恋人への思いが綴られていた。一方、香恵もアルバイト先で出会ったイラストレーターの石飛(伊勢谷友介)への思いを募らせていた。香恵は、その日記に書かれていることと同じことを、石飛にやってみることにした。
いったいどうしたことか。スクリーンの構図とか、照明とか、技術的なことに関しては「やっぱり行定勲監督、うまいよね」と言ってしまえばいいと思う。しかし、それ以上のことがなにもない。観客に迫ってくるなにものもない。画竜点睛を欠くという言葉があるが、映画力の賜物としてつくられたのではない作品になってしまっている。どうしてあんなに薄ら寒い映画になってしまったのだろう。
冒頭、引越し直後、香恵は友人のハナ(サエコ)と荷解きをする。サエコという役者の空気の壊し方もすごいが、ふたりの会話がおよそ友人とは思えない緊迫感に包まれているのもすごい。この時点で僕は萎えてしまった。そもそも沢尻はミスキャストだと言いたい。すべてを知ったかのような自信に満ちた顔でやる芝居じゃない。彼女は『問題のない私たち』がベスト。今作のような役どころを担うにはアクが強すぎた。
きっと監督を含め、誰も沢尻に強くものを言えなかったのだろう。それが証拠に、彼女の顔が異様にテカッている。カメラテストの時点で多くのスタッフが気づいたのではないだろうか。決して脂性の女という設定ではないのに。僕はテレビを見ないのだけれど、彼女は舞台挨拶でずいぶんな振る舞いをしたという。仮に作中の自分の扱われ方に不満があったのだとしたら、大いに頷ける。もともとは自分で撒いた種だとしても、最終的な責任は監督かプロデューサーが負うべき問題だ。
沢尻、竹内、そして主題歌のYUIは同じ事務所の所属だ。この3人でまともに作品に貢献しているのは竹内だけ。YUIの楽曲も意味が分からない。こういうまとめ買いセールでまっとうな映画をつくれると誰かが思っているのだろうか。こんなの"商品"であって、"作品"じゃない。そう叫ぶ井筒監督が目に浮かぶようだ。
ところで、行定監督はかつて岩井俊二のもとで助監督をしていた人だから、その影響が強い。というよりも、岩井になりたかったのではないか。もしも岩井が『四月物語』で松たか子を撮ったように、行定は今作で沢尻を撮ったとしたら、それは大きな間違いなのだ。岩井になりたい気持ちの強さが、逆に岩井との距離の大きさを見せてしまったような気がする。
根本的なことを言えば、映画にするような原作でなかったのだと思う。少なくともこの国で製作するには無理が大きすぎる。久しぶりにちゃぶ台をひっくり返したくなった。