人生は笑えないコメディ 『サッドヴァケイション』

白石健次(浅野忠信)は、子供のころに母親に捨てられて以来、流れ者になっていた。しかし一方で、施設に預けている友人の妹・ユリ(辻香緒里)と、偶然拾ってきた中国人の子供・アーチュンの保護者でもあり、模擬家族の様相を呈していた。ある日、代行運転を頼まれてたどり着いた先で、思いがけない人を目撃する。健次の母親(石田えり)だった。そこは、行く当てのない若者たちが詰め寄り、住み込みでトラックの運手をして働く業者だった。新人の田村梢(宮崎あおい)も、両親を失い預けられていた親戚の家を飛び出してきたばかりだった。
親がいなくても子は育つ。健次はそう粋がるけれど、模擬家族のドライさと違い、本物の親子には、受け継がれる血がある。園子温紀子の食卓』が血を断つ世界を展開したのに対し、今作は断てない血をまざまざと見せつける。間宮運送に居候する元医者が言う。「偶然ってのはない。会うべき人には必ず会う」。偶然でないからこその日常がある。そのすべてを産み、包み込み、つなげる存在が「母」なのだろう。
血の問題である健次のストーリーの一方で、観念としての「母」の存在が提示される。梢は母親を探しているのだと健次に打ち明ける。本当の母親を探すという意味ももちろんあるのだろうけれど、「母親的なもの」を追い求めているほうが強い気がする。ラスト、関係がぎくしゃくしていた同僚の後藤(オダギリジョー)がやくざに追われておびえるなか、ただひとり傍で慰める梢が印象的だ。
こちらにポスターの画像があるのだが、まさにこの作品といえよう。3人(いやユリを含めて4人かもしれないが)の巨大な母性を前にして、そこから一歩も動けなくなったしまった健次である。終盤、健次の母親からさらっと語られる衝撃の告白は、健次を完全にノックアウトしてしまった。人生ってやつはいつも笑えないコメディ*1、なのである。
136分の上映だが、飽きることなく観られる。脚本、演出、撮影、編集等々、はっとさせられることが多かった。とあるポータルサイトでの評判はよろしくないけれど、堂々たる大作だと思う。

*1:JOKE VOX「コメディアン ラプソディー」