死に方を自分で決められるか 『シッコ』

おなじみマイケル・ムーアのドキュメンタリー新作である。今回はアメリカ医療問題に切り込んだ。アメリカ人にも、それ以外にも新鮮な話題になっていはずだ。というのも、アメリカでは民間の健康保険しかなく、病院へ行くにも保険会社の許可を要するのだそうだ。保険を使わずに現金で治療するなら話は別だけれど。つまり、医者ではなく保険会社から、手術は必要ないなどといわれてしまう。日本人やヨーロッパ人にとって奇妙な仕組みだが、アメリカ人にとっては、むしろ安価(あるいは無料)で治療を受けられることが奇妙に映る。
ムーアは、ネットに投稿された情報を元に、多くの人びとの実例(=実害)を取材。現在の医療制度の原型がニクソンと一部の利害関係者によってつくられたことを明らかにし、政治献金とロビイングによる奇妙な制度の形成を説明する。一方、ヨーロッパで治療を受けたことがあるアメリカ人にもインタビューし、フランスやイギリスの健康保険を紹介する。これらの地域では、税金を財源にした国家を上げた制度により、安い費用で高度な医療を受けられる。あるいはキューバにあるアメリカ領・グアンタナモではテロ首謀者たちが無料でアメリカの標準的な医療を受けているらしい。というわけでムーアは、取材で知り合った「奇妙な医療制度のせいでまともな治療を受けられない」人たちとともに、グアンタナモへの渡航を敢行する。
法律のことは詳しくないのだが、日本国憲法では社会権の一種として、社会保障を受ける権利が保障されている。その法律を主体的に作成したはずのアメリカでどうなっているのか興味深いが、修正10項のどこにそれを書いてあるのかよく分からない。もしも該当する条項がないとしたら、それはたいへんに気の毒なことだと思う。信教に関する条項の多さは国家形成の事情を思わせるが、短時間で国力を増強するに当たって、福祉がうっかり抜けてしまったまま、ほんのひと握りの人びとが有利な状態ができてしまったのだろう。
それって結局、いくつかの「敵」といわれる国と同じだ。あらゆる共産国家は、制度も社会もいちどぶっ壊して成立しているので、軍備を重視している。その費用がかさみすぎてボロボロになった国を知っているけれど、アメリカがその仲間じゃないとは言いにくい。いまやキューバのほうが平等に医療を受けられるなんて、皮肉というより悲劇である。
もうひとつ。今回ムーアは日本を取材の対象にしなかった。たぶん過渡期にある日本の社会保障制度にとってこの作品は、重要な資料として位置づけられそうだ。アメリカへと進むのか、ヨーロッパ的な要素を残していくのか。その選択が、防衛予算の増減によって決定されることだけは、どうにも避けたい。
これでムーアの作品を3本観たことになるが、編集が格段によくなっているのではないか。おちゃらけたトーンを抑えても、問題を理解させ共感させ、"do something"(行動を起こ)させる力がある。ご鑑賞をお勧めしたい。