プロローグを楽しむ 『アヒルと鴨のコインロッカー』

春。椎名(濱田岳)は大学に進学するため仙台にやってきた。初めてのひとり暮らし、ご機嫌にディランなど歌いながら荷解きをすすめていると、その男(瑛太)は後ろに立っていた。河崎と名乗るその男は、出会ってまもなく、一緒に本屋を襲わないかと不可解な発言を始める。夜。果たして本屋を襲い辞書を奪った椎名だったが、その後も河崎の言動に不審な点が多々あることに気づく。河崎が信用するなといった麗子(大塚寧々)と接していくことで、不審の理由が少しずつ紐解かれていく。
相変わらず原作を読まないタチなのだが、伊坂幸太郎作品の映像化というと(僕の頭の中では)『陽気なギャングが地球を回す』以来であり、中村義洋監督というと(同)『ルート225』以来。あくまで偶然でしかないのだけれど、伊坂作品の雰囲気と、中村作品の雰囲気を同時につかむことのできる、一石二鳥の出来事となった。偶然などといって、事前にクレジットを全部観てるんだろうと言われそうだが、そもそもかわいい娘が出る作品でもないし、匂いで劇場まで来てしまったとしか言いようがないのだ。そして劇場は満席だった。みんななにが見たかったのか。
さて。難しい脚本だったろうと推察される。これは想像に過ぎないけれど、伊坂作品には常にトリックが付きまとっていて、現実世界のようでちょっと違う。ファンタジー的な部分が多いものだから、人情噺になりにくい。冷静になってしまえば、なんでもないストーリーなんだけれど、わざわざこんがらからせておいて、上手に解いてみせて、人情噺にもしちゃう。知恵の輪しながら落語をやってるみたいなもんでしょうか。
この感想を書く前に監督のインタビューを読んじゃったけれど、椎名という人物を中心においたというのが、知恵の輪なのね。彼の視点で描くから、どうしても110分かかる。そして、新しい春を迎えた青年の青春物語として読み取ることだってできる。これはあくまでも椎名のストーリーなのであって、椎名のこれからの学園生活(そうじゃないかもしれないけど)への壮大なプロローグなのだ。
相変わらず濱田岳瑛太がとてもいい。今回は彼らだけではない。大塚寧々がいて、関めぐみがいて、松田龍平がいる。松田龍平がどうしても駄目で、彼の出演作をことごとく敬遠していたのだけれど(今回は不意打ちだった)、角が取れたのか、いい雰囲気になっている。彼らのまったく異なるテンポが、全員で歩き出すと不思議な合致を生み出す。なんだか妙に面白いものを見た気分だ。ところで野村恵里が出ているのを、エンドロールまで気づかなかった。これは不覚であった。