反面教師として存在意義ありか 『俺は、君のためにこそ死ににいく』

今年ワーストワンの有力候補だ。あまりに出来が酷すぎて、いま、どうやって感想を書いたらよいかと悩んでいる最中である。
まず、粗筋を書くのに苦労する。要するに、知覧の特攻隊が母のように慕ったという食堂のおばちゃんと若い兵隊たちの交流を描いたものなのだが、そこにストーリーがあるようで、ない。いろんな人がとっかえひっかえして泣いたり騒いだり殴ったりするのだけれど、その前後がうまくつながるようにできておらず、即席で観客をねじ伏せて感動させようとしているとしか思えない。いまどきテレビでもそんな強引な展開は見られない。
軍指定の食堂のおばちゃん・鳥濱トメを演じるのは岸恵子。たしかに人のいいおばちゃんとして描かれているのだが、あまりに美談すぎるというか、逆に人間味を感じづらい。そこで思い出したのは『待合室』で富司純子が演じた売店のおばちゃんだ。たぶんどちらも本物はたいそう立派な人に違いないのだけれど、「いいひと」だけではなんだかバカみたいに見えてしまう。
それから、いくら兵隊といっても、映画なんだからもっとひとりひとりの出自やキャラクターがハッキリしていないと、見ていて誰が誰なんだかさっぱり分からない。いや、この際、全員のストーリーを詰め込むのは止したほうがよかった。
そう、あれもこれもとギュウギュウ詰めの映画になってしまっている。ついでに台詞も多い。戦争が終わってからのシーンは本当に無駄だ。あれをぶっ飛ばせばテレビサイズの作品に仕上がって、映画ファンに嫌われても放送権料をガッチリ稼げたかもしれないのに。あらゆる面で意味不明の作品である。しかし戦闘シーンだけは妙に丁寧だ。ああこのため作られたのかと思うほどだ(そうかもしれないが)。
少しだけストーリーに触れると、天皇への言及があまりになさすぎるのではないか。少ないというより、ない。知覧の特攻隊が飛ぶだけ飛んでしまって、本編の流れからすると「後出しの屁」のように原爆が落っこちて、玉音放送が流れる。その瞬間まで天皇が一切登場しない。でも、特攻隊があれだけ飛んでいって、天候不順で帰ってくると殴られて、おばちゃんと一緒に泣いているなか、あなたなにしてたの。国体の維持には特攻しかないって言っている場合じゃないわけで。原作者の意図に(たぶん)反して、天皇の体たらくが見えてしまう作りになっている。
産経新聞の愛読者の僕でさえ引いてしまったのだから、かなりの不出来ということになろう。おそらく、この作品みたいにならないようにすれば、それなりにできた作品を作れるのではないか。石原慎太郎もまさかここまで耄碌するとは。