程よい緊張感が持続する 『フリージア』

近未来、戦時下で国軍の行動が活発化する我が国。凍結爆弾実験の疑惑を知る叶(玉山鉄二)は、敵討ちを許す法律の執行代理人として活動している。ぼやぼやしているようで、誰よりも的確に相手を射殺する能力を有している。困難な事案を次々とこなしたある日、自分をスカウトしたヒグチ(つぐみ)から、次の対象者は、その実験の疑惑を知るもうひとりの男・トシオ(西島秀俊)であることを告げられる。叶とヒグチとトシオ。3者の不思議な関係と、死へのカウントダウンが始まる。
こうして粗筋をまとめていると、面白いことに、これといってストーリーが思い浮かばない。ひたすら相手を射殺していくだけ。かといってただのバイオレンスものではない。むしろ敵討ち法などというショッキングな設定は主題ではなく、後半の3者の人間模様に注目したい。フェンリル計画なる人体実験が結びつける3者の、その後の生活と過去の清算。出てくる情報は少ないが、それを最大限生かして、複雑な条件を見事にストーリー化している。
画面にぐっと惹きつけられたのは、叶が喫茶店ナポリタンを黙々と食べるシーン。嫌いな野菜をひとつひとつ丁寧に除けながら、涼しい顔で麺をフォークに絡めるその窓越しには、国軍に活動への反対デモ行進。それを制圧しようとする国軍がデモ隊と衝突し、流血騒ぎになる。デモの凄惨な光景と、喫茶店の何気ない光景が、ガラス1枚を隔てて共存している。叶は外を一切見ない。その狂気の表現がたいへん魅力的だ。
役者たちがまたいい。あんな玉山鉄二と、あんな西島秀俊を観たかった。ともすれば逆のキャスティングになってもおかしくないふたりだけれど、こちらのほうが俄然面白みが出る。それからあんなに地味な嶋田久作は観たことない。最後まで誰だか分からなかった。でもそれがいいじゃない。誰が演じるかより、どう演じるか。これがあるから映画は楽しい。
もうひとり、つぐみだ。彼女の出演作はいくらか見ているはずなのだけれど、『紀子の食卓』の印象がやけに強い。そして今作も、その延長のような感じがある。"この手の"役は彼女にお任せ、なんだろうか。でもしっくりくるんだよなあ。また満足させられた。