まっすぐな映画でまた泣かす気か 『幸福な食卓』

佐和子(北乃きい)のうちはちょっと複雑だ。父さん(羽場裕一)は心に偏重をきたした末に「父さんをやめる」と言いだし、母さん(石田ゆり子)は家を出て行き、成績優秀だった兄(平岡祐太)は大学にいかずに農業をはじめた。なのに佐和子はしっかりしている。そんななかやってきた転校生の大浦くん(勝地涼)は、佐和子の心の支えとなり、彼女は明日の幸福のために生きるようになる。
監督は『ワイルド・フラワーズ』で僕を泣かせた小松隆志。素直でまっすくで、のびのびしていて、ちょっとコミカルで、きっちりした作品を作る人だ。正直なところをいえば、傑作と呼ぶほどほめることはないけれど、その素直さゆえ油断したところを、きっちり感動させられる。ああ今回もやられたとおもったときにはもう遅かった。
『ワイルド―』では終盤、社長が母親の遺影を持ち、レスラーに持ち上げられながら会場に入ってくるシーンで泣いた。そして今回は、ヨシコ(さくら)が佐和子を励ましに部屋に上がりこむシーンでぐっと来て、ラストの佐和子が歩く長回しにやられた。よく晴れた川べりを、後ろを振り返りながら、でも晴れた表情で着実に歩くその姿には、つい心を打たれる。音楽の入れ方もよく、きっちりとした終わり方をしてくれるのが憎い。
キャストがいい。なんといっても期待の北乃きいだ。華があるとは言えないけれど、この作品にとてもよく合っている。素直でまっすくで、のびのびしていて、ちょっとコミカルで、きっちりしている。映画が彼女をそうしたのか、彼女が映画をそうしたのか。僕は後者を信じたいと思う。いい役者になろうなんてしなくていいから、いい映画に出てほしい。ほか、佐和子の家族も、似たもの同士な感じが表現されている。脚本と演出のよさだと思う。
もうふたつ。音楽がまた、作品にとてもマッチしている。小林武史がこんなほんわかとしたものをつくるというのが意外でならない。それから、タイトルどおり、食卓の風景が豊富なのもうれしい。食事のシーンの多い作品は好きだ。それがいつか見た作品とは違い、さまざまな家庭料理が満載なのでにんまりだ。おかげで今年ベストテンの有力候補となった。