市川崑がまだ生きている 『犬神家の一族』

方々で散々な書かれ方をし、ありとあらゆる部分を非難されている。いやはや忙しいこの時期に面白くない作品を観るというのも、しかし前売りを買ってしまったし。といささか気乗りしない感じで観にいったのだけれど。
なあんだ、すごく面白いじゃないか! 大正4年生まれ、この作品の舞台である昭和22年にはすでに30代だった御年91歳の巨匠が、なお意欲的に撮っている。スクリーンからその躍動感が浮き出てきている。何度かフェードアウトする難がないとは言えないけれど、テンポといい照明といい演出といい、すばらしい。昭和の香りを、パロディでなく地で出せる数少ない人物だ。ほかの監督とは、重厚感が違う。
問題は、監督がなぜリメイクを思いついたのかというところだ。これはひたすら推測していくしかない。誰かに引退を勧告されて、まだボケてないぞと意地になって撮ったのかもしれない。ただ僕にはそうではなくて、活況の日本映画界にあって、量ではなく質的なレベルの向上を警告しているように思えてならない。
最近は、テレビやCM出身の監督の、第1作目というのが非常に多い。それが悪いとは言わないけれど、戦前からの長い歴史の系譜というものがあって、いま、伝統のうえに立った新しさや面白さが、どれほど展開しているのかは怪しい。小粒な作品はいろいろあるし、その時時に新鮮なものもたくさんあるけれど、時代を経て色褪せず、世界をあっといわせる日本映画がない。
そんななかで、この作品だ。91歳の市川翁がこれだけのレベルを提示してきて、若手は嫉妬しなくてはならない。若手の観客として、僕も悔しい。日本映画は、前作とリメイク作までのあいだ、どこをほっつき歩いてきたのか。そんなお説教のために、この作品があるのではないか。
少しは作品の中身に触れておくと、キャストはひとりひとりがよく立っている。石坂浩二、松竹梅三姉妹をはじめ、中村敦夫深田恭子加藤武と、あれだけ個性的な面々を数多く使いながら、パズル合わせのようにぴたりとはめていく。監督の手綱捌きがすばらしい。