いま奥田瑛二が面白い 『長い散歩』

かつて教師をしていた松太郎(緒方拳)は、教育者である一方、家庭を崩壊させた張本人でもあった。妻が死に、家を整理して、古いアパートで質素なひとり暮らしを始めた。その生活は平穏でなかった。隣人の女(高岡早紀)は、内縁の男とだらしない暮らしをし、一人娘に暴力を振るっていた。見かねた松太郎は、その幼女・サチ(杉浦花菜)を連れて旅に出る。女の依頼で、警察は疾走した幼女の捜索に乗り出す。
どういうわけかここのところ、奥田瑛二に興味がある。ただし根拠が明確でない。最近の出演作『男たちの大和』は印象的だったものの、それだけが理由というのも腑に落ちない。今年、産経新聞で記事になったときは、だいたい読んだ。さきほど調べていたら血液型がAB型だということで、天命のように悩んでいる(このタイプは振り幅がでかいので高揚すると手に負えない)人なんだと思う。それが気になっている。
その奥田作品なのだが、かなりの勉強家で、かつ器用で、現代の問題に真っ向からぶつかって折れない監督の個性が、たぶんものすごく出ている。べつに知り合いじゃないので断定しないけど、きっとそうなんだと思う。撮り方にしても、台詞にしても、演出や、ひとりひとりの役の置き方にしても、無駄がないし不足もない。剛と柔のリズム感がとても心地よい作り方をしている。
そして、美談でないのがいい。松太郎は一人娘に見放され、恨まれている。自分が蒔いた種により、老いて天涯孤独になってしまった。サチを連れ出したのは、サチのためでもあったが、松太郎自身の巡礼でもあった。しかしそれは誘拐事件としてみなされ、刑に服し、出所してなお孤独と苦悩を背負う運命にある。サチにとっても幸福があるとは思えない。
しかし、そのことがなおいっそう現代的で、問題を浮き彫りにしている。刑事役で出演した奥田本人は、このストーリーを外野からそれとなく解説している。自ら映画の世界の飛び込んで、映画の世界を取材しているような存在だ。観客の対話は、おもな出演者たちと奥田と、その両方に向いている。
「山というものは、登ったら下りるもんだ。慌てるな。」
劇中、捜査中の刑事(奥田)が部下に言う言葉だが、妙に胸に染み入る。人生観の表現がなんともうまいのだ。