ご冗談を入れなさいよ、山田さん 『武士の一分』

下級武士の三村新之丞(木村拓哉)は毒見役として城内で働く。家では妻(檀れい)と仕えの徳平(笹野高史)の3人暮らし。あるとき、なんの意味もないと感じられた毒見役の新之丞が、食中毒により失明してしまう。自暴自棄の新之丞を見守る妻は、親族の誘いにより、気の乗らないまま夫の上司である島田(坂東三津五郎)に相談に乗ってもらうが、それは蟻の巣地獄の入り口だった。
山田洋次監督、御年75歳。ストーリー展開のうまさはさすが松竹の巨匠だ。しかし、いよいよ作品に遊びが足りなくなってきている。本人の真面目さが災いしたか。あるいは、老いれば思いへの前のめりはいっそう強くなるというが、監督とて例外でなかったというのか。まさか韓流ブームの熱にうなされたというわけでもあるまい。と書きながら、すべてが当てはまっているようにしか思えないのが、やや物悲しい。
長年取り続けてきた『男はつらいよ』がそうであったように、また『たそがれ清兵衛』がそうであったように、もてない男とマドンナ、という組み合わせが、山田作品らしい印象がある。それに比べて今作の主人公は、設定からして美男子なのだ。そのことに監督自身が嫉妬しないのが残念なところ。その脂の抜け具合が作品に写し出ている。木村と壇、どちらが主演とも助演とも知れないアンバランスがある。個人的には、壇が主役を食うぐらいしゃしゃり出てきていいと思う。
ところで島田を演じた三津五郎がいい。あの悪さとエロさ。実は監督はこちらに加担したかったのではないかと思わせるほどいい。そしてなんとなく安倍晋三っぽい。具体的にいえないところが「なんとなく」なのだが、甘いマスクでダーティな仕事っぷりといえば、彼をおいてほかにおりますまい。
会場の中で、鼻をすする音というのはよくある光景だが、今日は、数箇所で嗚咽が聞こえた。この作品でそこまで泣けるとは衝撃だ。さすがオーバーエイジな客層、監督と波長がうまくあってしまったということなのだろう。若年層が置いてけぼりにされている。