たとえサスペンスでも山下節 『松ヶ根乱射事件』(東京国際映画祭前編)

凍てつく地方都市、鈴木家の双子兄弟の弟(新井浩文)は派出所の警察官、兄(山中崇)は気の向いたときだけ家業の牧場経営を手伝う体たらくな日々を送っている。ある日、兄はひき逃げを起こし、タチの悪い被害者の連れ(木村祐一)に連れまわされる羽目に。彼の行動に家族は泣かされるが、頭を抱えたくなる事情は、ほかの家族にも隠れていた。
観ると、あー山下敦弘の映画だなあとつくづく思う。『リンダリンダリンダ』よりもその色はずっと濃い。彼は本当に、うらぶれた田舎を描くのがうまい。とくに家屋内部のディテール、とぼけた老人の取り入れ方は見事。あの小汚い感じはほかの監督では出せないんだよなあ。家の匂いがプンプンきそうだ。
そのテイストそのままに、今回はサスペンスだ。しかし、サスペンスは全体のなかの一部分に過ぎなくて、やっぱり山下監督は、人間のどうしようもないところを描こうとしている。しかも狂気でも知的でもなく、あくまで山下節のシュールなリアルさで。"乱射"のシーンにはやられた。ファンを裏切らないね。
川越美和木村祐一カップルが、とくに川越が山下映画にしっくりきちゃうんだ。みんなそれぞれ、他人とちょっとだけテンポのずれがあるけれど、彼女のキャラクターは抜群だった。ほか、ちょい役だけど古舘寛治がいい。この人は山下映画に欠かせない人になりそう。三浦友和には相変わらずぐっとくる。
とはいえ、観客の投票については、ついつい低くしてしまった。『リンダリンダリンダ』のときもそうなのだけれど、とことんの山下節に過度の期待をしてしまうようなのだ。しかしそれだけではない。どこといえばいいのか分からないけれど、山下節のシュールさがいまひとつせまってこない気がしたのだ。蔦井孝洋のカメラとの相性だろうか。今回は、世界に山下映画を宣伝するいい機会ということでいいんじゃないか。