絶賛すべき企画力と脚本力! 『嫌われ松子の一生』

木曜の日中だというのに、劇場がパンパンになるというのはどういうことだ。みんな働けよ。せっかく久しぶりに代休をもらったメリットが感じられないじゃないか。と、みんなで考えていたら面白いかもしれない。
さてこの作品、前作『下妻物語』を上回るコテコテ感です。本当のことを言えばあんまり好きじゃないんだけど、そんなことを言わせない威力があります。ちゃちゃを入れる隙がないんですよね。ビシッとバシッと決まっちゃってて、まず、言うことはございません。音楽もかっこいいよなあ。
この監督はどうやって脚本を書いているのでしょう。画コンテも書くのでしょうね。想像ですけど。作品の構成が立体的で、たとえば撮影日程を決めるのもえらいこっちゃだと思いますし、あらゆる意味でよく分からないのですが、それ以上に、脚本がものすごくしっかりしているのに驚かされます。
脚本についてとくに言及すべきは、松子が家に引き篭もって以降のシーンでしょう。それまで、ありとあらゆる激しいドラマを繰り返してきた松子が、一転してずんと腰を落ち着けてしまいます。そこに至るまでにお腹一杯になってしまったわれわれは、まんじりとしてしまった松子をすっ飛ばして殺してしまっても、作品の成立を認めてしまうように思います(たとえそれが原作のほんの一部だったとしても)。
しかし、晩年の松子の描写こそ、今回の作品の見所です。いわば、人生の冤罪を数多く被ってきた松子の、再審のときです。この数十分で、作品のスケールが何十倍にもなっています。そして、なんとも日本的な美の様式です。作品を観ながらパク・チャヌク親切なクムジャさん』を思い出していたのですが、クムジャも松子も散々な人生なのに、松子のほうが圧倒的に切ないのは、彼女にどこかわびさびのようなものを感じてしまうからではなかろうか。
それにしても、この作品を支えた中谷美紀はすごい。そりゃ演じてて混乱するだろ。絶賛する以外にすることがない。