信じた甲斐がありました 『メゾン・ド・ヒミコ』

先日の『タッチ』がはっきり言って面白くなかったのですが、さすがにかの犬童一心監督が無邪気にこけるとは思えず、資金調達とはかくも難しいものかと考えるに至りました。いやまったくの推測なのですよ。ただ、同じことを以前、塩田明彦監督に対しても感じたことがあり、まさにその対象『黄泉がえり』の脚本は犬童氏ですからね。
もう少しその辺を書きますとですね(もう今回の感想はこの話だけでいいんじゃないか)、『タッチ』も『メゾン―』も、日テレが資金を出してるんです。ほぼ同時期に同じ企業が同じ監督の作品に対して融資する。当然、興行とDVDで回収することを目的にしているわけですから、もう臭いですよやっぱり。『メゾン―』作成の条件が『タッチ』だった、と言われたらものすごく納得します。
さらに書きますとですね、どちらの作品にも、日テレの社員(アナウンサー)が出演しています。役者というよりは、ニュース映像として登場するわけですが、どう考えてもスクリーンを汚しています。テレビ局が金を出すなとは言わないし、どうせほかの企業が金を出しても自社の商品を出すようなことはするんですけど、あれは職権乱用だろ。もうドン引き。
さて、膿はこれぐらいにして本筋ですが、実に期待に応えてくれる良作でした。これまでの自身の作品を踏襲し、非常に難しい人間模様をじっくり描いてくれました。考えてみたら、老人映画って多いですよね。
ジョゼと虎と魚たち』を思い出す作風でした。これが果たして犬童的なのか渡辺あや的なのかがいまひとつよく分からないのですが、ゆったりとした視点、全体の構成、登場人物の取り込み方、台詞のない"間"、風景。笑いにならずシュールにならず、直球で描かれるのがいいですね。子供や中学生といった記号は『ジョゼ』を思い出させるし、バニーガールはずばり『BUNNY』。名コンビによる集大成といったところでしょうか。
いま思えば、犬童作品には「異空間」が不可欠のようですね。『金髪の草原』の日暮里家、『ジョゼ』のいる集落、『死に花』の高級老人ホーム、そして『メゾン・ド・ヒミコ』。それはべつに世間を逸脱したものでなくてもいいのですが、主人公が訪れることのなかった世界で、新しい感覚に触れ、交流やいさかいや葛藤を経て、ハッピーエンドではないにせよ、爽やかに終末を迎える。『メゾン―』はとくに、スタジオジブリの作品の世界を髣髴とさせるものがあります。メゾンの住人たちは、ジブリの描く世界の町人のようです。岸本(オダギリジョー)がなんとなくハウルっぽい。
そして、役者陣の、この作品の引っ張り方がすごいですよ。キャスティングの妙があります。あれがアウラってやつなのね。もしも田中泯にあの役を引き受けてもらえなかったら、シナリオを書き直したんじゃないだろうか。すごい。昔から存在する映画界の重鎮のように見えますけど、これで2作目ですからね。これからも、あのアウラが許す作品にだけ、厳選に厳選を重ねて出演していただきたい。それから、すごいといえば柴崎コウも。この人の代役もいないでしょう。正直なところ、びっくりしました。あんなに犬童作品にはまるとは。
そうそう忘れるところでした。『ジョゼ』で私を唸らせた「最後のカット」ですが、今回もきれいにまとまってます。ちょっと長くて疲れましたけど。でっかい作品を観た気分です。