佳作以上名作未満 『オリヲン座からの招待状』

オリヲン座を閉館することにした。留吉(原田芳雄加瀬亮)は、ゆかりのある人たちに、最終興行への招待状を書いた。思えば大津から無一文で京都にやってきてから、数十年というときがたっていた。トヨ(宮沢りえ)は先代と昭和25年にオリヲン座を開いた。数年後、留吉が押しかけて住み込んだ。先代は程なくして鬼籍に入ってしまい、夫婦でない若いふたりで劇場を切り盛りすることになったが、時代の移り変わりも災いし、周囲の目は甘くなかった。
惜しい、とまず思う。久しぶりにゆったりとした心地で、安心して観ていられるすばらしい作品に出会った。ただ、ちょっとしたことがどうしても気になるものだから、なんとなく名作と呼ぶのがこそばゆい。寒くなってきたことだし、大切な人と静かに観るにはうってつけの作品ではある。僕はひとりで観ましたけど。
原作を読んでからかれこれ10年近くたっているはずで、手元に本もないからあやふやだけれど、もともとは招待状を受け取った夫婦の話ではなかったと思う。それを大胆につくりかえ、劇場のふたりの物語にしたのが今作ではないか。どちらの設定でも映画になり得るとは思うけれど、プロデューサー氏が思い描いていたような構想(ニューシネマ・パラダイスや初恋のきた道をイメージしたと公式サイトにある)をぜひとも支持したい。と同時に、原作どおりの夫婦の物語も、小津調で描けたらと思う。
昭和のシーンは、VFXもとてもよくできているし、ロケハンもずいぶん丹念にされた形跡がある。服装、家屋、鰹節、公園、自転車、あんぱん、ピーナッツなど、なんとも文芸的な美しさがある。そこに言葉少なげにたたずむ留吉とトヨがまたいい。先代の松蔵(宇崎竜童)も然り。決して美しいだけの時代ではない。しかし、美しい記憶として残るだけの情熱があったのだ。晩年の留吉を演じた原田にも、その空気を受け継ぐ作法があり、心地いい。そしてその背景に流れるメインテーマがさらにいい。今年いちばんの名曲ではないか。
それに引き換え、現代というのはなんと騒がしく、短絡的であることか。監督もそのことに自覚的で、現代の京都のシーンには騒音が加味されている。しーんとした風景など、もうどこにもありはしないのだ。この世界でどうやって生きていけばいいのか。もしかしたら監督は悩んでいるのかもしれない。
というのも、現代のシーンにやや難があるからなのだ。樋口可南子田口トモロヲの夫婦は、別れようとしている空気こそリアリティがあるものの、どこか薄っぺらく、幼馴染から連れ添った重さが感じられない。一緒にオリヲン座の映写室に通ったふたりが、どこでどうして、今日に至ったのか。もちろんそれを描くと長くなりすぎるけれど、観客にそれと示すことができる瞬間があっていいはずだ。
ほかにもいくつか。トヨが自転車で公園を回るシーンはとても美しいのだが、森に消えてから戻ってくるまで、数分はあったのだと思う。その間、留吉は突っ立って待っていた。その時間の長さをもっと表現して欲しかった。それから、閉館の挨拶をする留吉。ここぞとばかりに観客を感動させようという意図が見え、展開としては当然なのだけれど、もっとそっとしておいて欲しかった。それでも十分感動できるのだから。土俵際、間違いなく俵を割る力士が思い切り突き飛ばされたような、品性を思う一瞬があった。
とまれ、全体としてよく仕上がっているのは確かである。よかったがゆえの注文があれこれあって恐縮するぐらいだ。浅田次郎の作品の行間を映像化した、よい一例を見せてもらったと思う。