ぐっとくる掘り出し物 『秒速5センチメートル』

転校生としてともに東京の小学校にやってきた貴樹と明里は、ともにお互いの最大の理解者であり、惹かれあう寸前の存在だった。しかし卒業式を最後に、明里は遠くに引っ越していった。貴樹もまた引っ越しが決まり、伝えたい多くのことを抱えて、貴樹は明里の住む街に向かった。
3つの短編をつないで、63分の中編として見せている。それは貴樹という少年の、十数年の時間の一部を切り取ったストーリーであり、それにまつわる女性のストーリーでもある。この主人公、どうやら僕より少しだけ年少という設定になっているようだが、ほぼ同年代であるせいか、自分の少年時代を思い出しながら鑑賞する羽目になった。中学の、深々と降る雪の夜、塾に向かうためにバスを待っている光景が、いまでもはっきりとよみがえる。1話目の雪のシーンのせいに違いない。
僕の中学のころというと、悶々とラジオを聴いて、本を読んでいた。どういうわけかいま、原田宗典の『何者でもない』を思い出している。これもひとりの青年を主人公にした短編なのだが、ただそれだけでなく、本編の主人公・貴樹とどこか似たものがあったからなのだと思う。ありていに言えば、倉本總が描く少年みたいだ。『北の国から』の純が、知床で焚き火をしたり、ゴミ収集車に乗ったり、幾人かに恋に落ちたりしている、あの感じだ。
青春は曇天だ。それをうまく表現されると、ぐっとむなぐらをつかまれたような気分になれる。さまざまなシーンが細かく刻まれて、そのときどきの情景を鮮やかに表現する。カットの緩急、実写で言えば編集のうまさが、思わずスクリーンにのめりこませる。はじめは実写で撮ったほうがリアリティを表現できると思いながら観ていたものの、しかし実写には現実的なさまざまな撮影の弊害があって、それらをすべて乗り越えて作品にできるものでもない。それに、アニメーションとして作られたからこそ実現できるカットの数でもあり、60分できれいに終わらせる魅力ある構成が可能になったものと気づいた。
映画たるものがすべてそうだとは思わないが、その作品は散文詩といっていい。第2話だけ語り部を替えて、しかし晴れ渡る空なのに曇天の心模様はますます鋭く表現されていて、すばらしい。桜の花びらは秒速5センチメートルで一様に落ちているのだそうだが、人間は悩んでばっかり、一様に動けやしない。意外にも脚本力があり、正直なところ、ラストは鼻を熱くしてしまった。