不器用に歩け

こんこんの引退以来、おかげさまですっかり映画に傾倒してしまい、"その界隈"を横目で流す日々を送っておりました。そのことがまったく不自然でなく、ここでも話題にする必要性を感じませんでした。しかしその存在には十分敬意を払っているつもりです。だってほかをあたったって、あんなかわいいの、ほかにいないんですもん。
で、ほかでもない。村上愛嬢の一件だ。これはさすがに非難したいと思うわけですね。べつに真実を知りたいだなんて言いません。偶像の世界で真なりと言い切れるものはそんなに多くない。本当に本人が学業優先って言ったのかもしれないし、よっぽど凄い写真でゆすられたのかもしれない。そんなことはどうでもいい。
分かっているのは、こんな虚構がいつまでも続かないということだと思うんだ。偶像らしい偶像を追求した結果、神から道が逸れて、形だけが磨かれていくというのは、ずいぶん後退的な保守です。でも心的な部分を切り離してしまえば、やがてそれでは立ち行かなくなることに気付くはずです。「みんながいるから切に平和願う」*1って、そういうことじゃない。もっとオフェンシヴなやり方がないと。
いいじゃない、どんな日常があっても、どんな障害があっても。偶像を崇められるのは、そこに生き様があって、背中が語っているからじゃないかなあ。もう、恋ぐらいしたっていいし、おならも出そう。その生き様を見せてみろ。不器用だってことが、どんだけ人を惹きつけることか。
でも、もういいよ。いままでお疲れ様と言いたいね。きっといい人生が始まる。とにかく不器用に歩け。

*1:あまりにも分かりにくかったので注釈をいれますと、娘。の新曲の歌詞にあるんですねそういうのが。90年代初頭の、ちょうど僕が親の目を盗んで枕元でラジオを聴き始めたころの雰囲気がつよくて、個人的には悪くないと思っていたんですけどね。せっかくほめたかったのに。いずれ、前進的でないとは思ってますけれども。