めいっぱいおなかをすかそう 『かもめ食堂』

昨日、この作品を観てから帰宅して、さて感想を書こうと思ったのですけど、言うに言えないとんでもない事態が発生して意気消沈、不貞寝いたしました。たぶん、スペインで強盗にあって以来の事件です。いつか書ける日が来るように、皆様も祈って頂戴。
オールフィンランドロケのこの作品には、まるで御伽噺のような、舞台演劇に近い感覚がありました。登場する日本人は、小林聡美片桐はいりもたいまさこの3人だけ。あとはみんなフィンランド語を喋る、フィンランド人。そのため、コミュニケーションを極限まで削ることになるし、まともに会話劇が成立するのは日本人3人だけで、それが舞台的と思わせるのでしょう。それに、非現実的な設定がたくさんあるのも(フィンランド人の箸使いが上手すぎ!)、僕の頭のなかでは、なんとなく舞台の臭いなんですね。
なにせこの3人のこと、波長が合うとか合わないとかではなくて、3人でえいやっと巨大な波長を作っちゃう感じで、コミカルな掛け合いの連続です。ゆっくりと、しかし大きなリズムでストーリーを作り上げていきます。そしてつくづく思うのは、日本語の美しさと豊かさ、そして、おにぎりや鮭やとんかつの旨そうな姿なのです。
象徴的なのはラスト、3人がそれぞれ発する「いらっしゃい」の掛け声です。あんなことをいちいち表現する映画なんて、ほかになかなかありません。クルーが、遠くフィンランドまでやって来たのには、そんなところにわけがあるのかも、ないのかも。
ところで僕は北欧を訪れたことがありませんが、北国特有の鈍くて遠い太陽の光が、スクリーンいっぱいに広がっていました。けれども、室内の色彩は明るいのです。陽気ではないけれど、店に入って、一杯のコーヒーを飲めば、自然と笑顔がこぼれでる。北国に生きる人びとを、非常に鮮やかに映し出していました。
あれ、どこかで見た顔だなあと思ったら、『過去のない男』のマルック・ペルトラではありませんか。