地震がないのに津波がきた感じ 『親切なクムジャさん』

いま、じっくりとパク・チャヌク監督のいわゆる「復習三部作」を思い出していたのですが、すべてにおいて誰かが誘拐されているんですね。そして『復讐者に憐れみを』では被害者の父親が、『オールド・ボーイ』では被害者自身が、そして今作では加害者に冤罪をかけられた女が、それぞれ陰惨な復讐劇を展開しています。ただ、前二作は被害者も加害者もともに復讐者、という印象が強く、はっきりとした善悪をつけがたい微妙な感じが気持ち悪かったのですが(褒めてます)、今作は、加害者のチェ・ミンシクが完全に悪なんですよね。
とはいえ、クムジャさんは善でない。もっといえば、善からスタートしたという決定的な証拠を、作品は見せていません。なので彼女に感情移入するのは難しいけれど、それはきっと監督の戦略なのでしょう(いくらなんでも説明不足な気はしますが)。しかし復讐の動機もターゲットもはっきりしていて、まして加害者がチェ・ミンシクオールド・ボーイ)やソン・ガンホ復讐者に憐れみを)だったり、誘拐された子供の幻がユ・ジテ(オールド・ボーイ)だったりするものだから、さながら「大復讐祭り」といった様相です。
クムジャさん(イ・ヨンエ)は監獄の囚人という囚人を味方につけるために、わざわざ親切そうなことをして、笑った顔して殺人もやるのですが、それもまた親切っぽかったりして、その時点ですでに怖すぎます。すべてはひとりの男に復讐するため。彼女にとって刑期は準備の時間でしかなく、出所に際して迎えの者が食べさせる豆腐を捨てます。そして、相変わらずその手口の陰惨なのなんの。復習を終え、豆腐に似せた真っ白なケーキで身を清めようとします。
今作は、その「色」が演出に重要な役割をしています。怒りの感情を示す赤は、血やアイシャドウ、部屋の壁紙、お祈りの蝋燭に、行為や感情の暗部を示す黒は、夜、暗闇、コート、晩餐用のケーキに、そして償いや純真を取り戻したいと願う白は、豆腐や先のケーキ、雪、娘のパジャマに、それぞれ使用されています。復習を終えると彼女は、アイシャドウを拭き取り、白を獲得せんとする。
というところまで頭を整理するのに、2時間以上かかりました。編集にもよるのでしょうが、1から10まで説明しないため、なにやら興味深い場面がわーっと押し寄せては去っていくという感じで、夢中になれますが消化できません。あと30分あったほうが親切だとは思いますが、そうするとスピード感が消えてだれてしまうかしら。
イ・ヨンエはいつまでたってもきれいです。なんと十代を演じてますが、まだいけます。『春の日は過ぎゆく』のバーガーショップの店員もすごかったけど、今回もすごい。あとは、監獄のなかが西原理恵子の漫画みたいだったのと、クムジャの娘がクレイジーだったのが面白かったですね。まだ書ききれないけど、こんなところにしておきます。