住宅街を歩いた

芝居は跳ねた。まだ諦めていないことがある。クンストカメラ(人類学・民族学博物館)に行くことだ。昨日はまさかの早期閉館で面食らったが、あんなに面白そうな施設に行かないわけにはいかない。
が、その前に、夜の目的地を探しに行く。今夜は今夜とて、ベートーベンを聴きにいくのだ。ロシアの暦では、1月4日は年末にあたる。だからなのかどうかは知らないが、第九の演奏会がある。その会場「マリインスキー・コンサートホール」は、オペラを見たマリインスキー劇場の近所だが、隣接しているわけではない。この街で、直前になって迷子になるわけにはいかない。
地図を頼りにその方向に進んでみた。人気のない下町に突入した。いままで歩いた地区とは違う、長閑な住宅街だ。治安に不安はないが、およそコンサートホールなどありそうな気配はない。道路工事している場所があるので、地図とは地形が変わったのかもしれない。少し方向を変えて歩いてみた。信じられないぐらいうらびれた道に出てしまった。旧ソ連時代の遺物と思われる工場の跡がある。人はいない。運河は凍てついている。
マリインスキー劇場に戻って、係員に尋ねてみた。最初の地図の読み方は正しかったようだ。工事現場の、さらにその先であったか。係員を信じて歩く。地図以上の距離を歩いた気がしたころに、その建物は出現した。時計を見た。もう16時になろうとしていた。
それは昨日と同じ展開だった。そして昨日以上に、クンストカメラまでの距離は大きかった。ダメもとでアタックするのも一手だが、それで昨日と同じように締め出されたら、あまりに中途半端な時間を寒すぎる街で過ごさなければならない。僕はついに諦めた。この先のスケジュールを考えても、この旅でクンストカメラを訪れることはない。
小腹を満たせる場所を探しながら、繁華街方向にとぼとぼ歩いた。ひとつ、この旅で学んだことがあった。この街では、バスを制したものが旅を制する。一見難しそうなのだが、バスには目立つように路線番号がついている。上りと下りを間違えなければ、必ず行きたい場所にたどりつけるし、本数は多い、地上を走るし、車掌のおばちゃんがいるのはありがたい。
歩いて見つけたスーパーに入った。思えば、デパートとか個人商店とかは見たけれど、スーパーマーケットは初めて見た。ちょっと住宅街に入れば、こんな店だってあるのだ。しかし、目当てのものが見つからない。僕がほしかったのは、バス路線図だった。はじめて「指差し会話帳」なるものを取り出して、店員に尋ねてみた。店員にはなかなか伝わらなかったが、そばいた客が気付いてくれて、向かいの店を案内してくれた。本屋だった。一枚ものの路線図は、バスとトロリーとマルトルーシュカの地図がついて75ルーブル
ほっと一息ついたところで、道すがら見つけたカフェっぽいレストランへ。休憩と腹ごしらえと、地図で今後の作戦会議だ。この店に決めたのは、入り口にボルシチと思しき写真があったからだ。この日記をいつも読んでくださる方は分かったかもしれないが、まだ、ボルシチを食べていない。
店員のお姉さん(きっと学生のバイトだろう)は、奥の喫煙席を案内してくれた。中途半端な時間だったので、店はガラガラだった。MTVだろうか、専門チャンネルのテレビがついている。メニューをくれたけれど、英語がついていない。こんなところまで、ロシア語の分からない人間が来ないということなのだろう。「アングリースカム(英語)?」と聞いてみたが、愛想笑いをもらうのが精々だった。
それでも、やっと読めるようになってきたキリル文字と、お姉さんの親切を頼りに、なんとかボルシチと、ワンプレートメニューと、ビールを注文できた。この国の学生(と勝手に思っている)は、英語があまり出来ないようだ。日本の中学生ぐらいのスキルではないだろうか。「スモーキン」「ブレッド」ぐらいがやっとだ。僕よりも英語の出来ない人のいる国に初めて出会った。僕は3日でメニューのボルシチが読めるようになったぞ。
やがて、ビールとパン、そして念願のボルシチが出てきた。あれ、スプーンをもらっていない。困った。そんなロシア語を知らない。ふたたび「指差し会話帳」を取り出して、ようやく様子を見に来たお姉さんに尋ねたら、大慌てで取りに行ってくれた。お恥ずかしい、とでも言わんばかりにスプーンをくれた。おてんばで、素直そうで、明るい子だ。この怪しげな東洋人に、ちょっと興味を持ってくれているみたいだ。

(またしても散歩中は余裕がなく、温かい食事が出れば手が出てしまうので、中途半端な写真に。分かるだろうか、左の写真はまだスプーンが来る前、フォークでボルシチの具をすくっているところ。お国はメニューが見えるが、シンプルにこれだけ。ちょっとファストフードっぽくもある。右写真のプレートは、骨付き肉のステーキ、ピクルスのようなもの、野菜炒め、サルサソース。ホッとする旨さ。)