石井裕也、かく語りき 『川の底からこんにちは』

話題に欠かないことは知っていたが、この監督の作品を初めて観た。初の商業映画にして、すでにものすごい経歴の持ち主である。もうひとつ言えば、安藤モモ子同様、ついに年下に監督が現れたなという感慨もある。
すごいものを観た。なんだこれ。監督はなんでこんなに世の中が見えているの。嫌らしさがなく、すっ
と頭に入ってくる。シュールをいたずらに遊ぶでもなく、人生を語るでも、雰囲気で流すでもなく、ナンセンスで笑って、最後は「頑張るしかない」だもの。どんな生き方をしたら、あんなふうに世の中を見られるようになるんだ。
先日テレビを見ていたら、西原理恵子が「負の波」について語っていた。彼女曰く、人生における負は連鎖する。それを断ち切ることのなんと難しいことか。無論、人生における負の連鎖は、社会におけるそれでもある。お金があってもなくても、モノが安いことは嬉しい。しかし、モノを安くするために賃金が安くなり、それがゆえに安いものしか買えなくなる連鎖を断ち切ることは、あまりにも困難である。
石井監督は、「負の波」とは別の観点を提示する。どうせみんな中の下、普通よりちょっと下で、それでも生きていかないと、と説く。「ここにいること」と「それでも生きていくこと」を思うことは、この十数年の哲学の一種だろう。年下とはいえ監督も、多感な時期を、崩壊した国のなかで送ったひとりだ。その国のなかでは、希望通りに開く未来は乏しく、最低限分かることに頼って生きていくことになる。そのなかで見出した生き方なのではないか。しかし、それは希望か?
少なくとも、狭い世界観をぶち破る、自意識をぶっ飛ばすという意味で、西原より後の世代を表現し、代弁し、ときに批判できているように思う。前向きに生きるのは難しくても、周囲を非難してばかりでは進むものも進まない。それは分かっていても、体現することは容易いことではないのだ。
それにしても、シジミのパック詰めと肝硬変の社長など、アイデアに溢れている。圧倒的な脚本。園子温以来の衝撃だった。そして満島ひかりはいままででいちばんよくて、いちばんかわいいかもしれない。余人をもって代えがたし。なんでこんなんで泣けるのか。いろんなものを通り越して、もう悔しくないぐらいやられた。