プロンク博士

かれこれ8ヶ月も旅行記をサボっていて、書いている本人さえもがサボタージュを忘却していたのに、ある日「つづきは?」と聞かれた。奇跡だと思った。そして当時の日記を読み返してみた。記憶で補完して読んでいた乱雑な字の解読が、若干危うくなっている。いかん、進めなくてはならない。
クンストカメラなる博物館が閉館時間を待たずに営業を終了して途方にくれた僕は、バスに乗って映画館に向かった。空港で訳も分からず1000ルーブル札を握り締めて乗って以来だが、あれは乗れたうちに入らないだろうから、考えて乗った初めてのバスだ。意外と簡単だった。つまるところ、整理券も料金表もない。車掌のおばさんに、こんなもんだろうという金額を渡せば、お釣りをくれる。料金は均一だ。地下鉄の切符売り場といい、この国は非自動がたくさんある。旅行者にはありがたくもある。
レストランのお姉さんお勧めのシネコンに着いた。シネコンらしく、チケット売り場には、上映作品を映すモニターとタイトル、時間が表示されている。せっかくなのでロシア映画を観たい。当てずっぽうだが、ビバヒル風の青春映画「Стиляги」のチケットを買おうと、タイトルと時間をノートに書いてカウンターの人に見せたら「ニェット(ない)」とにべもない答え。それが売り切れなのか、面倒くさい客だから売らなかったのか判然としなかったが、ためしに並びなおして別の作品を告げると、それは買えた。先ほどは満席だったようだ。


シネコンの入り口まではポスターがずらり。そしてゲームセンターのような玄関。
観たかった映画のチラシほか。そして貼ってあったポスターの画像を入手。どっちが本当のストーリーだ。)

上映開始まで時間があるので、近所のカフェでひと息だ。ショーケースがあるのがありがたいが、あまりに種類豊富で、指差すだけでは間違いなくストライクしない。なので、端っこにあったピザと、アメリカンコーヒーにした。アメリカンにしたって、理解できた数少ない飲み物であった。
トレイにおかずを載せてぞろぞろ歩く形式なので、食べ物と飲み物を確保したところで会計だ。ここの会計のお姉さんは、細かいお金がないと舌打ちしてくる。ものすごく嫌がられた。この国に来て最大限に嫌われたと思う。120ルーブルのところを150ルーブルで支払っただけなのにだ。そしていま、怖かったのと悔しかったのとをないまぜにして、日記を殴り書きしている次第。

(チケットには、"5階6番シアターにて18:35より、大人300ルーブル(1200円ぐらいか)"と書いてある。たぶん。そして右は、なんとか買った軽食。)
さてふたたび映画館である。それにしてもこの国に来て大きな発見といえばクロークだろう。酷寒の地ではどこに行くにも厚手の上着が必要だ。だからどこに行ってもクロークは発達している。トイレと同じ数だけクロークがあると言っても過言ではないか。ちょっと言いすぎか。映画館でもクロークにコートを預ける。
シネコンなので、スクリーンがたくさんある。どうやら階段を上っていくと、いろいろなスクリーンがあるらしいのだが、僕の観る作品がどこにあるのかまったく分からない。2階にいたスタッフのお姉さんに尋ねてみた。といってもチケットを見せることしか出来ないけれど。お姉さんはさばさばと、しかし明るく「4!」と指で示してくれた。笑顔で。4というのはヨーロッパでは5階のことをいう。思わず「スパシーバ!(ありがとう)」。そうしたら「どういたしまして!(と言ったに違いない)」。
親切ついでに、そのお姉さんにトイレの場所も聞いたら、近くまで連れて行ってくれた。なんと親切なことか。さっきのカフェの人とぜんぜん違う。あの恐怖のすぐあとにこの笑顔である。タイプじゃなくても可愛く見えてしまうというものだ。
作品はロシアのものと期待していたが、違った。作品の名を「Доктор Плонк」という。予告編がモノクロだったので、てっきり新文芸坐のような旧作かと思ったら、オーストラリアの新作で、原題は「Dr. Plonk」だそうだ。
科学者のプロンク博士と奥さんと助手(バカで間抜けでお調子者)と犬。博士がある日、地球最後の日を計算したら、2008年だった。首相に掛け合っても、証拠がないので取り合ってくれない。そこでタイムマシーンを思いつく。そしてあっさりと完成。実験を経て100年後の世界に飛び立つのだが、未来は続いていた。最後は博士と首相が元の時代に戻れず、2007年に拘束されてしまう。

(「Dr. Plonk」の予告編を発見! なつかしい。)
ものすごいドタバタだけれど、サイレント映画なので、ロシア人でなくても、あるいは英語の分からない人でも、ストーリーがよく分かる。そして面白い! アクロバティック! ケタケタ笑って観た。お客さんは7人。決して人気はないようだけれど、日本でも公開しないだろうか。とにかく大満足。この映画館には、時間があればまた行きたいと思った。