春風の3本

まめに更新しようと思いつつ、なかなかできていない。部屋が荒れているのと、読むものが多いのと、酒が旨いのがいけない。などと言い訳しても始まらないのだけれど。この土日に観た3本はこちら。

ただのまぐわいにあらず 『スイートリトルライズ

舞台挨拶の抽選に当たって、6時起きで渋谷に出かけた。8時半の渋谷は空いていてよい。
わざわざ出かけた甲斐があった。前半は小説的な科白が非現実さを強調して、非現実ならどんな恋愛もありだろうという諦めもあったし、所詮は裕福な人の火遊びにしか思えなかった。しかし次第に、どのみちどこかに終わりのある恋愛独特の息苦しさが訪れ、そして再生へと動き出す。その移り変わりの静かさと確かさに、映画のよさと監督の優しさが滲んで、面白い。
とくに再生に向かう過程で、静かさと確かさに覚えがあった。市川準のそれに似ている。彼が訴えた「人を観る歓び」がこのフィルムにある。この世界に、こんな物語の紡ぎ方がまだあったのだ。そのことがうれしい。
映像美は見事。映像が語るということを熟知した監督の、意味のある映像がすばらしい。そしてその映像の応える役者たちがいる。まぐわいは、ただのまぐわいにあらず。中谷美紀小林十市、風見章子のもつ浮世離れした感じと、池脇千鶴大島優子黒川芽以らの世俗的な感じのバランスが絶妙。初めて眼前でちいちゃんを見たけど、きれいだなあというしかなかった。

浮き彫りになる根の深さ 『こつなぎ 山を巡る百年物語』

御茶ノ水で開かれた上映会に出かけた。映画祭や映画誌でも話題のドキュメンタリーである。たいへんな大入りで、久しぶりに会った知人にさえ挨拶にいけない状態だった。ポレポレ東中野で5月に上映されるという。
僕がこの映画を前売りを買ってでも観に行ったのは、盛岡に住んでいた学生の時分に、この映画のテーマである「入会(いりあい)」とはなにかを勉強していたためで、この小さな集落を見学させてもらったことがあるからだ。小繋は富司純子主演『待合室』の舞台になったところだが、実はこの土地は、何十年も集落の住民同士が裁判で争うという異常な歴史を経ている。
入会権は土地所有に関わらず「毛の上のもの」を享有できる慣習的な権利で、民法で保障されている。それが土地所有者の意思で剥奪されるものなのか、というのは法律書のなかの話でしかないのだが、近代化を急ぐ新しい法治国家にとっては、所有が優先された。食うために所有者に従ったものと、食うために所有者と闘ったものが、民事に刑事に争った。
作品は、これまで先人がドキュメンタリーとして追い続けたものを辿ることで展開される。歴史を紐解き、村の再生の物語として捉えていく。争っている最中でも、どちらの立場のものも手を取って祭りをしたことが明らかになり、その祭りがいまでもつづくこと、入会がいまでも残っていることが紹介されて終わる。
それはそれで再生の物語ではあるのだが、どうしても闘争の歴史が強烈に印象に残る。それは、かつての取材者が口にするように、闘った者の記録はたくさん残っているのに、所有者に従った者は固く口を閉ざしたままであることが一因だ。映画は彼らを悪者にはしないが、歴史しか解決できないなにかがあることを示唆している。浮き彫りになる根の深さ。どこかやりきれなさが残った。

心配どおりの出来の悪さ 『花のあと

今年、これほど不安と期待をないまぜにして映画館に出かけたことはない。北川景子に時代劇ができるだろうかという巨大な不安と、『青い鳥』の中西健二監督ならいい画が撮れるに違いないという幾ばくかの期待である。
結果、巨大な不安は、不安でしかなかった。あの監督をして、あの脚本家をして、こんなお遊戯会のような出来映えになってしまうのか。失礼な話だが、篠原哲雄監督だって見事に映画にした藤沢文学が、たいへんなことになってしまった。
やはり北川景子には藤沢文学は似合わない。振る舞いにしても、演出にしても、どこにもよさがない。所作についてはいろいろと指導を受けたようだし、監督もそこにはこだわったように見える。しかし、美への感覚が欠如しており、粗雑さが目立つ。演技もお遊戯会の類。表情もなければ、上品さへの表現も乏しい。もっとも上品であるはずの女性が、もっとも育ちの悪そうなしぐさをする。全体的に女性への演出はひどい。
若手の役者への演出の悪さは突出しており、宮尾俊太郎という男も観るに耐えない。日本語の発音もよくない。伊藤歩もどうしてしまったかと思うような演技をする。佐藤めぐみだけは辛うじて持ち味を残せていた。そもそも脚本も饒舌で、テレビかと思うほど。
と、重要な部分がことごとくよくないのだが、よい部分もある。いや、よい部分がわりに多いだけに、どうしてこうなってしまったのか不思議でならない。映像は、一部に不満はあるけど、風景の撮影は素晴らしい。鶴岡の自然がとても鮮やかに切り取られている。
さらに、脇を固めるベテランの役者たちが素晴らしいのだ。甲本雅裕がとてもいい。顔つきのよさそのものの男がそこにいた。彼が動き回る後半は、それゆえに見応えがあった。また、國村隼柄本明が碁を打つシーンは面白い。あのシーンだけで映画ができていたら絶賛できたに違いない。
ちょっと悪口を言い過ぎたので、すこしは北川景子のよさも書かなければ。殺陣はかなり励まれたと見えて、格好よかった。ラストの決闘は迫力がある。ただし山田洋次も『たそがれ清兵衛』のときに言われたように、あんなに強力な殺陣は作品のバランスを崩す。いっそチャンバラアクションにしてしまえば、彼女がもっと自由でいられたはず。