キネマ旬報ベスト・テン表彰式に行ってきた

映画ファンを自称して何年になるのか分からないけれど、ついにわたしにも招待状が届いた。そりゃもちろん、関係者でなくて、定期購読者用の応募をしたからなのだけれど。
表彰式は、ベストテン第1位上映会とセットなのですけど、キネ旬は日本映画、外国映画、文化映画の3部門ありますから、それをすべてかける。今年の場合は、かけた順に『沈黙を破る』(130分)、『グラン・トリノ』(117分)、『ディア・ドクター』(127分)、合計6時間14分の「沈黙の祭り」である。こうして考えてみると、日本映画の1位がこれでよかったのかもしれない。『沈まぬ太陽』や『愛のむきだし』では死人が出かねない。
長時間だからといって、15分ほどの休憩を除いては、ただひたすら映画をかけつづける。売店はない。クラシックコンサートのようなビュッフェもない。そのぐらいつくればいいのに。お祭りなんだから。死闘の常連はおにぎりやお菓子やお茶をしっかり持参しておられた。でも、会場は映画館ではない古い劇場で、座席がけっこう狭いので、そこでくつろぐのはやや辛い。ついでに、音響に期待してはいけない。
さて上映会。ここで全国の映画ファンに詫びねばならないのは、この死闘に遅刻したことである。やっぱりなあと思いつつ、相方が寝坊したからなのだが、文化映画を見逃してしまったのは褒められたことでない。
で、『グラン・トリノ』から。じつに西洋の映画に縁がないので、イーストウッド監督の作品はきっと初めて観た。粗筋や評論は出尽くしているので書かないけれど、これはすごい。文明の甘い時間は長く続かない。そのことを悟り、終わりを作ること。それは、本当に生きていかなければならない人のためであること。それを背中で語るイーストウッドがたまらない。
そして映像も素晴らしい。意味をひけらかしたり、意味深な映像を作ったりすることなく、あるいはリアリティに走りすぎず、円熟している。モン族との交流や床屋のシーンは人情喜劇風に笑わせるが、血まみれの娘・スーは、たぶんそれ以前のいきさつのどれを見せるよりも、強烈に胸に突き刺さる。最後もすっきりしていていい。
いくら計算高い西川美和とはいえ、イーストウッドのあとではどうしても見劣りしてしまう。しかし、再見して収穫があった。初めて観たときよりも楽しく見ることが出来た。フィルムが熟して落ち着いたような感じであった。そんなはずはないと言うかもしれないが、寝かせてよくなる作品って、あると思う。
そのひとつは、主人公のニセ医者はなにをしたかったのか、という点にある。前回はこれがどうしても腑に落ちなかった。それがすなわち、映画として言いたかったことの不明でもあったからだ。しかし、ニセ医者を一人称にするのではなくて、刑事の言うように、彼を医者にさせていた全体をこそ一人称として捉える。その風刺としてこの映画を消化するなら、なるほど面白く見えてきた。けれども終盤はやっぱり間延びしている。
表彰式は、木村大作監督が強引に空気を作ってからというもの、あとは話し好きの演者たちが次々と登場して、大いに笑った。三浦友和が格好よくて、満島ひかりがかわいくて、香川照之が語りつくす、活きのいい表彰式だった。00年代の最後に、その時代を跳ねた人と、間違いなく次を作る人がきっちり顔をあわせた妙がいい。
最後に苦言を。この、当代切っての映画好きが集まって映画を祝福する場所にあっても、上映中の携帯電話の電源は切れないものなのか。