バクーで昼食を

今日は、今日こそはロシアの伝統的な食事をしようと決めていた。もう3日目だ。6日にはこの国を出なければならないと思えば、本格的に食事について考えなければならない。現地の人びとが食べているものを食べたい。ジャンクなものもいいが、フォーマルなものも欠かせない。
それなのに、探し方が悪いのか、飲食店そのものをほとんど見かけない。カフェならいくつかあるけれど、この国の伝統にならって、昼食を豪華にしたいのでパスした。寒い。雪も降っている。そして大通りを一本なかに入ると、ほとんど人がいない。土曜日だからということもないのだろうけど。考えてみたら、この街に、近代都市にあるようなビジネス街は見られない。旧共産圏だから、というのもないはずはないが、どちらかというと、そういう街づくりなのだろう。

(ロシア美術館前の公園で、信頼できそうな現地人に写真を撮ってもらった。横にあるのは文士プーシキン像。フラッシュを焚いても上手く写らないと苦笑された。右は血の上の教会近影。)
1軒、高級そうなレストランがある。門番がいる。店の前でたむろして変なものを売る人に見えなくもないし、街の清掃員にも見えなくもないが、たぶんあれは門番なのだろう。ただ、その店に入るのを躊躇した。値段ではない。伝統的な食事が出来るのはわかっていたが、希望していた伝統とちょっと違うのだ。しかし、この寒さで、これ以上の空腹は避けたい。まして昼食抜きという事態は絶対に避けなければならない。意を決して、なかに入った。
それは、アゼルバイジャン料理のレストランだった。ロシア料理の前に、いきなり中央アジアに飛んでしまった。その名も「Баку(バクー)」。首都の名である。
いくら土曜だからといっても、昼の2時に、ほとんど客がいない。自分ひとりだったら、どんな目にあうか分からないぞと思ったが、奥から家族連れが出てきた。

(店内風景。装飾や色彩がなんともいえない。そこに似つかわしくない壁掛けにワイドテレビではMTVっぽいものが流れていた。右にはバーのような空間も。)
まず入り口を過ぎたら、右に向かうように言われた。右側には席はないのだけれど、なんだかカウンターのようなところがあって、そこに60歳ぐらいの白髪のおじさんが立っている。ああ支配人なんだろうなと思ったら、ただのクローク係だった。レストランだけどクロークがある。だんだん分かってきたが、この国は、クロークがないと店でゆっくりと過ごすことが出来ないのだ。
席についてメニューをもらった。いちおう英語訳はついているが、よく分からないので適当に注文した。ワインとサラダ、スープにメイン。ひとつだけ、シャシリックがあったのがキリル文字で分かった。だんだんとキリル文字が読めてくると、料理名などは英訳よりもはっきりと理解できる。少しずつ、この国が分かりはじめてきたようで、嬉しい瞬間である。シャシリックはメインディッシュだ。

(写真左、パンにワインにチーズ。左端には店オリジナルのマッチ箱。写真右、2-3人前はありそうな生野菜サラダ。)
まずはパンとワインが出てきた。素朴なパンにはクリームチーズがついてきた。バターでないのがカフカス流なのだろうか。癖がなくて、とても食べやすい。日本のレストランでもこのサービスはあっていいと思う。意外とバターよりも評判を呼ぶのではないか。カフカスといえば、ワインの一大産地だ。しかし残念ながら、この店にはフランス産しかないみたい。グラスワインのリストしか見なかったせいかもしれないけれど。
サラダはキュウリとトマトをパクチーとドレッシングと赤たまねぎで和えたもの。スズムシかと言いたくなるような料理だが、もりもりと食べた。トマトが一部、ガリガリとして食べにくかったけれど、まさかこの国のこの季節に、生鮮野菜にありつけるとは思わなかった。

(スープはあまりにおいしかったので、うっかり写真を撮り損ねてご覧の有様。シャシリックの下にはクレープが。ナイフで皿を傷つけないためだろうか。食べたら味がなかった。)
スープは骨付きマトンを塩味で。チクピー豆が入っている。肉は骨からするりと取れて食べやすい。付け合せにスパイスと赤たまねぎがあったけれど、シンプルなこのままがいちばん。
そしてメインディッシュはシャシリック。ロシアの串焼肉のことをいうそうだ。メニューにはいくつかあったけれど、やはり羊肉でしょう。大振りの肉がやってきた。脇には湯剥きトマトと、赤たまねぎとパクチー。またしてもパクチーか。
シャシリックにありつけてよかった。たいへん美味。下手なステーキを食べるより、こっちのほうがずっといい。ジューシーで香ばしい。ソースもおいしいし、そのままでも塩味が効いていて食がすすむ。
さて満腹になった。結果的に、とてもいい店だった。そして、テーブルを担当してくれたお姉さんが、すごくいい人だった。言葉の分からない僕から注文を丁寧にとって、そのあとで「ブレッドもいるのよね?」と聞いてくれたのだ。きっとほかの店員から、あの怪しい客、お前がやれよ、というぐらいに言われてやって来たに違いない。なのにすごく健気。そしてけっこう美人。ああ、あの左手の薬指にある光るものが邪魔です。
ツーリストインフォメーションが当てにならないので、旅行書に書いていないある情報を、会計のついでに、思い切って彼女に聞いてみた。