はじめての晩餐

エルミタージュを出たら優雅な昼食をとろうと思っていた。この国では昼食がディナーなのだという。昔はどの国でもそうだったに違いないのだが、夜が明るくなったいまでもその習慣が残っている国は珍しい。朝遅く夜早い冬をやり過ごす知恵なのだろう。もっともいまはたいへんな資源大国で、東京よりもずっと街灯が多い。エルミタージュとその周辺もご覧の通り。撮影しづらいったらありゃしない。

(左が夜のエルミタージュ。真ん中は海軍省の真上に三日月。そして周囲の街路樹にはイルミネーション。ロシアのクリスマス間近の賑わい。)
午後6時を過ぎた。サパーとなるところだろうが、ブランチしか摂っていないのでレストランにした。本当は伝統的な料理を探したかったが、旅行書なしでぶらぶらと歩いて探した。ロシア料理ではなさそうだが、入門編としては使えそうなところに入った。外に英語の品書きがあってそこそこ安そうな店。英語がないととてもでないが注文できない。フランスでもスペインでも、とにかくその苦労が絶えなかったのだ。
店はカフェの延長のような店だった。ひっきりなしに客がやって来る。ウェイトレスはテーブルまで案内してくれなかったが、ジェスチャーで座っていいか訪ねたら、それでいいと頷いてくれた。この店は20代ぐらいの女性ばかりがホールにいる。そして、顔の区別がつかないので、「さっきの人」を探すことが出来ない。

(今回は写真が少なめなので、おまけ。昼にエルミタージュの窓から眺めたネヴァ川。コッチコチ。)
ひとまずピーヴァ(ビール)。メニューに「0.5л」と書いてあって、なんの単位か分からなかったが、いわゆる中ジョッキぐらいのものが出てきた。あとで分かったのだが、лは英語のL、つまりリットルのことだった。なるほど、中ジョッキである。
今日はひとまずコースっぽくしてみた。雰囲気を楽しみたいというより、そうしないと変な客だと思われるだろうと警戒したというほうが正しい。上海を旅行したとき、大皿のチャーハンを人数の数だけ注文して、取り分けずに大皿のまんまガツガツ食べて、不思議な客として見られたことがあったのを忘れられない。
注文したのは、トマトとクリームとチーズのスープ、トラウトのソテー・レモン味、茹でたジャガイモ。以上、メニューの英語の直訳。
初めてのレストランで周囲を警戒しすぎて(盗難が怖くてならなかった)、はじめのうち、写真を撮るのを忘れていた。20cm以上四方の四角い皿になみなみ注がれたスープは2、3人前かという量だったが、周囲を見るときちんと1人前のようだ。さすが大食感の国である。なかなか濃厚で美味である。スープだがビールにも合う。トラウトは薄味。機内食で感じたが、この国の人は薄味が好きなのだろうか。意外だがいいことだ。芋はもう少し茹でてくれたほうがよかった。ちょっと芯が残っている。いやいや、いずれおいしくいただいた。

(緊張のあまりこれが唯一の写真。ナイフとフォークは左の赤い布にくるまれて、右の輪に通して留めてあった。ヴォトカとともに。)
そして、念願のヴォトカである。ヴォトカ、すなわちvodka、ウォッカである。エルミタージュを堪能した以上、目下最大の目的がこれに変わった。ふたたびメニューをもらったところ、いろいろな銘柄があるようだ。違いがまったく分からなかったが。パーラメントというものをオーダー。「50」と書いてあったのは50ccのことらしく、ショットがひとつトンと出てきた。これを一口で飲み干すのがロシア人の流儀。なのだが、今宵はちびりといかせていただいた。あれはもうエチルアルコールである。割り水の足りない甲類焼酎というか。身体を温めるもっとも効率のよい飲み物であり、たいへん実用的である。ワンショット60P(ルーブル)。
この食事で総じて760P。3,000円ぐらいだろうか。まずお手頃といっていいのではないか。ちょっとツンツンしていてちょっと美人のウェイトレスは、見た目と違って親切で、ちょっと英語も出来た。腹を空かせて本気で路頭に迷ったら、また行こう。