夕方の国へ!

旅行の前というのはどうしていつもこんな慌しいのだろうか。思えば学生のころ、中国やヨーロッパに赴いたときも、必ず徹夜していた。
晦日。昨年から、年越しはみなとみらいのジルベスターコンサートと決めている。独りで行くまいと思ったものの、いろいろあってやむを得ないことに。ベルリオーズ『断頭台への行進』からスッペ『警騎兵』という流れのカウントダウンに興奮。今年は10周年とあってか、ずいぶん有名な楽曲が多かった。
終夜運転のホームは待ち時間が半端なく、みなとみらいから我が家までに3時間を要した。というわけで、今回もほぼ徹夜。ちょっとだけ仮眠できたものの、ここのところの寒波にすっかりやられてしまった。ホームでの待ちぼうけはこたえる。現地はもっと寒いだろうけど。
さて朝7:30ごろ。なんとか起床し、最後の準備。昨夜から充電していた電池がおかしい。カメラが動かない。古い電池なのだろうと思ってみたが、いろいろ探ったところ、なんとカメラ本体の異常と分かった。出発日にカメラの故障判明とは。しばらく動かしていなかったのがいけないのだが。
というわけで、成田空港でニコン製の新しいものをしぶしぶ購入。これで図らずも小さなカメラを入手できたわけだが、思わぬ出費と相成った。
予定時間より早くチェックインできたので、ターミナルの寿司岩で軽く最後の晩餐を。出国前は寿司にしようと決めていた。ちょいと嗜むだけのつもりがすっかり気持ちよくなって、テーブルのチケットをうっかり置きっ放しにしそうになる。酔っ払いの悪い習性である。
アエロフロートはたぶん定刻にテイクオフ。思っていたより快適な座席と、不親切と言えないレベルのキャビン・アテンダントに、いまのところ満足している。フライト前に散々アルコールを飲んだので、機内に無料の酒類がなくともいいだろう。フィッシュ・オア・ビーフの昼食は魚料理を希望。タラとエビとホタテのあんかけ飯と寿司とサラダとデザート。このデザートがすばらしく美味! ここ最近食べた洋菓子で最高! オレンジベースのムースにほろ苦いソース(柑橘か、カラメルか、そこが問題だ)が大人の味。これは何個でもいける。なんて言いつつ、あまった食事をせがむ、近くの席のツアー客みたいな品のない真似はしないのだ。

(カメラ新調により操作が思うに任せず、これが最初の1枚となった)
それにしても10時間半のフライトはとても退屈である。水ぐらい買って乗ればよかった。荷物の関係でMP3プレイヤーを置いてきたので、飛行機備え付けのを聴いている。すべての座席にモニターが付いていて、そこでいろいろ操作できる。映画もあれば音楽、ゲームもあるそうな。LANの端子があるということは、インターネットもやろうと思えば可能なんだろうか。エアバスA330。いきなりロシアの印象を覆されつつある。

とは言ってみたものの、実のところ、アエロフロートは恐ろしくサービスが少ない。設備はたいへんよいが、キャビン・アテンダントは数回食事を出す以外のことはほとんどしていない。昼食後、数時間してやってきたアイスクリームが配給としか思えなかったが、喉を潤してくれ、グリコでもたまらなく美味端麗。
テイクオフからだいたい8時間。グリコ以降何もなし。外を見ると、もう何時間も前から暗い。まだ陽の残るほうへ必死に飛んでいる。進行方向の地平線が少しだけ明るく、ほんのり赤い。でも、追いつくことはない。

(機内雑誌に載っていたエコノミークラス症候群対策の体操。足で"アエロフロート"と描くよう指示が。英語かロシア語かによって効果は変わらない模様。)
現地時間15時。数時間ぶりの機内放送。17:05に着陸すると。予定より20分早い。いいことだ。トランジットの時間を少しでも多く取りたい。それと飲み物と軽食が出ると。おお待ちに待った配給の時間だ。今回の配給はミートパスタかフィッシュパスタ。ミートを選択したのだが、これは明らかに失敗であった。給食のソフト麺をはるかにしのぐ柔らかさの麺! ああ20年ほど前の我が国にとってスパゲティとはかくなるものだったことをつい思い出す。当時の記憶ではないが、すごく前に伊丹十三がスパゲティはうどんではないことについて録音したレコードがあったはず*1。その麺に、なにか塩味のもので煮詰めた牛肉の塊。この薄味の物質はどのように調理したら出来るのであろうか。最初の食事との落差はあまりに大きかった。魚料理だってパスタじゃないかと思うが、あちらはなにか赤い素敵な彩りをしている。この羨ましさ。決して隣の芝生ではない。

最初のフライトも余すところ90分ほどとなり、また音楽。クラシックは大したことがなかったが、ジャズが意外といい。エラ・フィッツジェラルドフランク・シナトラルイ・アームストロングときている。ここにきてずいぶん迷わせてくれる。ひとまずフィッツジェラルドを。地平線の彼方がとても明るくなってきている。夕方に向かってひた走る。夕方の国へ! 遠くの朱とこちらの群青、まるでアエロフロートのカラーのようだ。なんだか、腐海の南端に向かうナウシカを思い出す。あの、たおやかで力強く、凛とした感じに少し似ている。